第117話涼子の懸念 翼の胃痛

さて、翼と、そして娘の心春と別れた涼子は、複雑な思いに包まれている。


「翼君は、さすがや」

「あの見識、気配りは、間違いなく今後の料理界を担う」

「育てないとあかん」


しかし、娘の心春については、がっかりしている。

「まだまだや」

「とても、翼君に追いつくどころか、大人と小学生の違いがある」

「面倒を見られている子供や」

「相当、努力をせんと、足を引っ張るだけや」

「翼君の負担や、今の心春では」


翼が子供の頃の「病気がち」を思い出した。

「神経の細かな子や」

「気を遣い過ぎるかも」

「妻になるには、その翼君を支えられんと」

「翼君と同じくらいの気配りができんと、あかん」


涼子は、ため息をついた。

「心春で、できるやろか」

「ただ、憧れで、好きだけで迫っても」

「翼君の負担になるだけや」

「今のままでは・・・あかんな」

「力の差があり過ぎて」



そんな翼は、銀座線に乗ったころから、胃の痛みを感じている。

「実に痛いな、これ」

「アパートに戻って、さっそく胃薬だ」

「効いてくるまで時間がかかるから、それまでは痛い」


ただ、胃の痛みを感じていたからといって、心春に心配させることは、できない。

とにかく、そんなことを気取られることも、よくない。

だから、懸命に普通の顔にしている。


渋谷近くになったところで、心春が話しかけて来た。

「翼さん、せっかくですから、渋谷を歩きます?」


翼は、困惑。

とても、胃がそんな状態ではないから。

しかし、心春の無邪気な顔を、落胆させるのも、憚られる。


「雑踏を歩きます?」

「これも、東京見物になるので」

と、あいまいな対応をする。


心春は、微妙な顔。

「歩きたいような、落ち着きたいような」

「渋谷が賑やかなことは知っていますけれど」

「全く、よくわかりません」


翼は、また困惑する。

心春が何をしたいのか、よくわからない。

それでも、心春の母涼子と会ったばかり、が気にかかる。

懸命に、心春の「歩いて、落ち着きたい」を考慮した。


「心春さん、そういうことなら」

「根津美術館はいかがですか」

「少し歩いて、上品な美術館があります」

「日本庭園も、素敵です」


翼の提案に、心春は、すぐに乗った・

「はい!あの有名な根津美術館ですか?」

「お供します!」

「あらーーー!楽しみや、ウキウキします」

心春は、満面の笑み。


しかし、翼の胃は、その痛みを、増している。


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