第108話心春は翼にアタックを開始する
治部煮を食べ終わってお茶を飲み始めると、心春が神妙な顔。
「翼さん、実は、母が都内に来ておりまして」
翼は、「もしかして顔合わせ?」と、感じるけれど、心春の次の言葉を待つ。
心春
「私の入学式のためではなくて、銀座のデパートの金沢フェアの打ち合わせに」
「それで・・・せっかくだから、翼さんの顔が見たいと」
翼は、慎重に確認。
「お仕事の邪魔になるのでは?」
「お仕事を優先されたほうが」
心春は、首を横に振る。
「いえ、すでに打ち合わせは済んでいます」
「母は経営者としての顔見せくらいで、事務方がほとんどやるので」
翼は、了承した。
「わかりました、時間と場所がわかれば、出向きます」
心春は、ホッとした顔。
そして、少し笑う。
「東京で翼さんの顔を見た後に、翼さんのグループの本店に」
「翼さんのご両親とか、お兄様夫妻」
「源さんにも逢いに行くとか」
これには、翼も苦笑。
「僕が断ったら、僕が悪者?」
心春も「はい、その通り」と、笑う。
「母は旅行も、人と会うのも好きです」
翼
「同じ業界人として、尊敬します」
「視野が広いな、と思います」
心春は、話題を治部煮に戻した。
「ところで翼さん、さっきの治部煮、本当のことを言ってください」
「完全に金沢レシピで作りましたけれど」
翼は、心春の顔をじっと見る。
「いや、家庭料理としては、いいかなと」
「普通に、ご飯のお友になるかな」
しかし、心春は、その答えに納得しない様子。
「うーん・・・本音でお願いします」
翼は苦笑。
「そこまで言うのなら・・・薬味かな」
「まろやかな治部煮だった」
「後は、何かの薬味を上手く使うこと」
「それが治部煮の伝統に外れるとか何とかは、この際考えない」
「いろんな試作をたくさん作る」
「四季を意識した治部煮」
「老若男女を意識した治部煮」
「出汁も、仕込みも、いろいろ変えてもいいかな」
「洋風とまではいかないかな、それを期待する人もいない、と思うけれど」
心春は、その胸を押さえて聞いている。
翼から、全く意識していなかった言葉が耳に飛び込んで来る。
そんな心春を見て、翼は少し頭を下げる。
「言い過ぎたかな、ごめんね」
「あまり伝統を変えるのもよくない、昔ながらの味を期待して来る人もいるから」
「ただ、変革を試みる場合の、一般論と思って欲しい」
心春は、思いっきり首を横に振る。
「いや・・・すごいです、そのまま母とか花板に聞かせたい」
「こんなに考えてくれて」
心春の顔が、赤くなった。
「翼さんをハグしたくなりました、ほんま、うれしくて」
翼は、焦った。
その腰を引いている。
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