第109話心春のハグを避ける翼 心春と、その母の会話
心春に「ハグしたくなりました」と言われても、翼は「はい、わかりました」と応じる気持ちはない。
腰を、また少し引いて、あっさりと立ちあがる。
「では、ご馳走になりました」
「また明日、ご一緒します」
とだけ言って、心春の部屋を出て、そのまま自分の部屋に。
「少々冷たかったかな」と思うけれど、「あの部屋にも食洗乾燥機がある、だからそれほど後片付けを手伝う必要もない」、とも思う。
翼は、ベッドに座り、腕を組んで考える。
「いずれにせよ、危険な肉体接触は避けるべきだ」
「ハグしたいと言われてもなあ」
「まだ恋人ではない」
「心春さんは、地元の人と結ばれた方がいいのでは?」
「金沢の料理業界も古い、変わった縁組をすれば、余計なリスクが高くなる」
「とにかく古い業界は、足の引っ張り合いが大好きだ」
さて、「ハグ寸前」で翼に逃げられた心春は、悔しくて仕方がない。
また、身体も、少し変な状態。
「蛇の生殺し?」
「うーーー・・・ゲット失敗だ」
「翼君って、ハグとか、そういうのウブなのかな」
「それはそれで、可愛いけれど」
「いろいろ気をつかっているのはわかる」
「話をするたびに、引き付けられる」
「翼君でないとダメ・・・無理」
そんな心春に母から電話がかかって来た。
母
「治部煮はしっかりできた?」
心春
「うん、いろいろと指摘もいただいた」
「アドバイスもあった」
心春が「翼のアドバイス」を説明すると、母は感心しきり。
「さっそく金沢に呼びたい」
「何とかならないかな」
心春は、ここで状況説明。
「明日のお母さんとの面会はセットできた」
「けどね・・・」
母は感づいた。
「また何か、失敗?」
「無理やり迫って逃げられた?」
心春
「うん、かなり、あっさりと」
「淡い感じで」
母はプッと吹く。
「心春も下手ね、全く」
「それとね、ライバルが多いよ」
「それは知っているよね」
心春は、母に少し反発。
「笑うことないのに」
「必死に治部煮を作って、いい雰囲気まで持っていったのに」
母の声が、真面目になった。
「おそらく、翼君と関係を持ちたい、そんな業界の人は多いよ」
「うちもそうだから」
「あの味覚、料理の知識とアイディア、ビジュアルも可愛いし美形だし」
「頭もいい、人当たりも柔らかい」
母は一呼吸置いた。
「でもね、心春」
「翼君、相当神経を使っていると思うよ、あちこちに」
「迫るだけでなくて、翼君の神経を、ほぐしてあげられる人でないと」
心春は「お願いするばかりかな、神経を使わせているだけかな、私は」と、考え込んでしまう。
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