第105話品川のホテルの支配人室にて

レストランでの食事が終わり、翼と佐々木香織はホテルマンに案内され、支配人室に入った。


支配人は改めて笑顔で挨拶。

「田中と申します」

「翼君のご両親、現トップの晃さんとも懇意で」

「翼君とは、中学生の頃に一度」


翼も笑顔。

「まさか、ここにお呼ばれするとは」

「少し場違いのような」


田中支配人は、笑顔。

「先ほど、お兄様と電話しました」

「笑っておりました」

「いいお兄さんですね」


翼は頷く。

「はい、頼りになります」


田中支配人は、具体的な話。

「シェフも申しておりましたけれど、時々来られて、アドバイスをいただきたいと」

「お兄様は、翼君に任せるとのことです」


翼は、少し戸惑う。

「急なお話で」

「それほど定期的に来ることも」

「まだ、学生の身で」


田中支配人は、また笑う。

「何をおっしゃいます」

「翼君のセンスは、本当に参考になります」

「この前の業界紙の記事で、恐れ入りました」

「この業界のあるべき姿、忘れていた基本を思い出しました」

「つい、上滑りになりがちな、定例的なマニュアル通りになりがちな、ホテルマンへの戒めで、全てのホテルマンにも読ませています」


翼は、恥ずかしくて顔が赤い。

それでも、ポツポツと話す。

「両親とか、祖父と祖母に教わった話を、僕なりに話しただけです」

「一期一会、お客様のことを、しっかりと考えて精一杯の知恵と思いやりで対応させていただく」

「入って来た時以上に、満足して帰っていただく」

「決して、誠意を押し付けず、それでいて親身を貫くこと」

「アフターフォローも丁寧に」


田中支配人は。目を閉じて、うんうん、と頷く。

「そういう基本を、ついおろそかにしてしまいます」

「マニュアルに毛が生えた程度で」

「あるいはマニュアル通りにしかできない、それが最上のサービスと思い込んでしまう」


「イエスの言葉に、皿をきれいにしても、中身が伴わなければ意味が無い、そんな言葉がありました」

「皿がきれいなこと、規則やマニュアルを守るのは当然として、客様を思う心が欠けていれば、意味が無い」

翼は、また顔を赤くする。

「言い過ぎました、恥ずかしい」


翼と田中支配人の話を聴きながら、佐々木香織は思った。

「翼君に教会で話をさせてみたい」

「話に真がある」

「人を引き付ける」


そんなことを思っていると、田中支配人が佐々木香織に声をかけた。

「もしや、佐々木香織さんは、あの高名な佐々木神父の娘さんですか?」

「今は横浜におられる」


佐々木香織の顔が。パッと赤くなる。

「え・・・支配人様、父をご存知で?」


田中支配人は、佐々木香織を見て、微笑んでいる。

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