第98話西陣料亭のお見合い(3)

二品目はおつくりで、「鯛焼き霜ちり酢がけ 大根 若布」。


翼の違和感は、ますます強まる。

「白檀とジャスミンの香りが強すぎて、鼻をおさえないと食べられない」

「しかし、そうすると、この味がわからない」

「食事における嗅覚は、大切」

「ことに繊細な香りを楽しむ和食では」


女将が翼の食の進みが遅いのを見て、何か感じたようだ。

恐る恐る、聞いて来た。

「翼さん、何か・・・問題が?」


翼は、懸命に笑顔を作る。

「いや、いつもと同じです」

「味わって食べる、それがあって、遅く感じられるかも」


「味付けは、しっかりされていると思います」も、儀礼上、付け加える。

翼が横目で叔父夫妻を見ると、叔父夫妻も翼と同じことを感じているらしい、食が進んでいない。


その叔父夫妻の様子を見て、翼が一つ、提案を口にする。

「もし、差し支えなかったら、今日は良い天気です」

「あの窓を開けていただけないでしょうか」

翼としては、強い白檀とジャスミンの香り、すでに臭気と化した空気を、外に逃がしたくて仕方がない。


店主幹男が、首を傾げながら、お付きの仲居に指示、窓を開けさせる。

つまり、店主幹男は、「臭気」を悪いものとは、感じていないようだ。


三品目が運ばれて来た。

「ふきのとう豆腐 法蓮草 パプリカ、蛍烏賊と九条葱 筍 木の芽味噌和え

水菜と京揚辛子浸し 蛸と菜の花 べっこうあん、しめ鯖笹巻寿司」が皿に乗っている。


窓を開けたことにより、ようやく「臭気」が緩和され、食のスピードが普通になった。


叔父晃弘

「落ち着いた、丁寧な仕事をなさっとります」

「さすが西陣の伝統でしょうか」


女将はホッとした顔。

「晃弘様に、そう言っていただけると、助かります」


叔母由紀美も、褒める。

「全てが程よく、安心できる味です」


翼は、あえて意見を言わない。

叔父夫妻は、社交儀礼で言っている、を理解しているから。

お世辞でも、美味しいとまでは至らない。

単なる平凡な京料理の域に留まっている。

素材の一つ一つが、どれも京都店より落ちる。

それを工夫して、懸命に「食べられる味」に仕上げる板前の苦労も理解する。


可奈子が翼に聞いて来た。

「翼さん、どないです?」

「あまり話されんから、少し不安で」


翼は、少し笑う。

「いえ、なかなか無口なタイプで」

「ご心配なく、味わって食べていますから」


その翼の笑顔、実は作り笑いであるけれど、それを美代子と父の店主幹男、母の女将は理解できないらしい。

一様に、ホッとした顔になる。


翼も、少し何かを言わないとまずい、と思った。

「なかなか、色々な新しい味が生まれる中、伝統の味を守るのも大変なことと」

「特に京料理は日本料理の根本」

「京料理の伝統を崩さないように、常に努力ですね、感心します」


これも「全くのお世辞」。

それを言いながら、翼は早く帰りたくて仕方がない。

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