第99話西陣料亭のお見合い(4)

次々と料理は出て来る。

鰆塩焼、酢取蓮根、独活金平、汲み上げ湯葉、海老紫蘇巻揚、薩摩芋

京都宇治産平飼い卵の半熟玉子、飛龍頭、筍、大根、九条葱、 人参


最後に食事として、花見寿司、赤出汁


翼は、まだ残る臭気を嫌がりながら、懸命に食べ終えた。

食べ残すことは、懸命に料理をした料理人に対して。失礼と考えた。


可奈子や、その両親から、いろんな声がかけられても、シンプルに料理人の努力を評価するに留めた。

とにかく美味しいとか美味しくないの前に、女将と可奈子の香料の臭気で嗅覚が麻痺してしまった。

とても、まともに食べられた状態ではなかった。


それでも、店主の幹男が聞いて来た。

「どうですか、翼さん、お口に合いましたでしょうか」


翼は、表情を変えずに言葉を選ぶ。

「ご馳走をありがとうございました」

「歴史ある西陣の味、勉強させていただきました」

とても、それ以上のことは言いたくない。


何も気がついていない女将が笑顔。

「ほんま、食べる姿も美しゅうて」

「このまま、ポスターにもしたいと、見とれました」

「うちの可奈子より、よほど作法が身についとります」

「是非、可奈子にも、末永いご指導を」


その言葉で、可奈子の顔がパッと赤らむ。


しかし、翼は冷静を貫く。

「同じ業界です」

「ご縁が深ければ、またお逢いすることもある、と思います」

「その際には、よしなに」


可奈子の表情に不安が宿った。

あまりにも、翼の言葉が、「冷たい、全くその気がない」と感じたらしい。


可奈子は、今まで男から自分に対して、こんな「冷たい」言い方をされたことがない。

今までの男は、満面の笑顔ですり寄り、「見え見えのお世辞」やら「遠回しの求愛」、「ほぼ求婚」ばかりだったから。

そして、可奈子自身が、その掛けられる言葉に「舞い上がり」、しかし、全くその気がないことから、「残酷なお断り」をすることに「快感」を覚えていたのだから。


可奈子の表情の変化は、さっそく女将も感じ取った。

それと、翼の気持ちが、全く可奈子に向いていないことも、理解した。


店主の幹男も、少し心配そうになるけれど、叔父晃弘が会釈して立ちあがってしまった。

つまり、会食兼お見合いは、終了ということになる。

その後の展開も、全く不透明、あるいは「無し」さえも、予想できる雰囲気になった。


叔母由紀美も、何のためらいもなく立ちあがる。

それを見て、翼も無言で席を立つ。


叔父晃弘は、あっさり。

「ほな、またご縁がありましたら」と歩き出す。

叔母由紀美も歩き出したので、翼も歩き出す。


料亭を出たところで、店主の幹男が追いかけて来た。

「あの、晃弘さん、すみません」

「何か、粗相でも?」


叔父晃弘は、哀しいような、厳しいような顔。

「幹男さん、料理の味やないんです」

「料理そのものは、ともかく」

「それ以前の話です」


店主幹男が首を傾げると、叔父晃弘。

「つまりね、高い香料も・・・ということや」


店主幹男の顔が、赤くなり、青くなった。

叔父晃弘の言葉の意味を察したらしい。

「それは・・・女房と娘には言えなくて・・・」

「とんだ失礼を」

店主幹男は、ガクガクと震えながら、頭を下げている。

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