第97話西陣料亭のお見合い(2)

離れに入ると、この料亭の主人、つまり可奈子の父、そして和服姿の若い娘可奈子が立ちあがって深いお辞儀。

「このたびは、よろしゅうお願いいたします」

「可奈子の父で、店主の幹男と申します」


可奈子も小さな声で、「可奈子です、今後も末永く」と挨拶。


叔父晃弘が応じた。

「こちらこそ、歴史あるお店にお招きいただき」

「妻と、翼君をお連れしました」

叔母由紀美

「今日の日を楽しみにしておりました」

「よろしくお願いいたします」

翼もシンプルに一言。

「翼と申します、今日はお招きいただき、ありがとうございます」


お互いの目の合図で、席に着く。


さて、翼は、可奈子を見て、何も思い出せない。

「小さな頃に一緒に遊んだ仲」とは、聞いた。

しかし、目の前で可奈子を見ても、全くわからない。


むしろ、着物から漂う香りが、気になる。

「実に強い」

「・・・ジャスミン?どうして和食でジャスミンを?」

「それでも薄ければいいけれど、これほど強ければ、食事の邪魔になるのでは」


可奈子の父幹男が翼を見て、うれしそうな顔。

「今後の我々の業界を背負うお方」

「確かな実力と見識」

「この間の業界紙でも、感服、そして安心しました」


翼は、慎重。

「全て、教わって来たこと」

「それを、そのまま語っただけで」

「記者さんの持ち上げ過ぎです」


女将も翼に声をかけて来た。

「翼さんは、今は都内の大学に」

「どうです?都内は?」


翼は、ここでも慎重。

「実際は、引っ越ししたばかり」

「駅からアパートまでの道はわかるように」

「大学は、火曜日が入学式で、まだまだこれからに」


女将に答えながら、翼は思った。

「白檀の香りが、やはり強過ぎる」

「それと、可奈子さんがつけているジャスミンも強い」

「それが渾然となって、異様な空気だ」

「これでは、繊細な京料理が死ぬ」


先付が運ばれて来た。

「帆立貝 蓬麩 林檎 春キャベツ 豆腐クリーム アーモンド」


叔父晃弘が質問。

「これは新メニューですか?」

店主幹男が答えた。

「はい、この日の特別メニューで、冒険をいたしました」

しかし、少し不安そうな顔。


翼は、食べ始めた時点で、この店の「おおよそ」を理解した。

「もち麩は、ごく普通の市販のものと変わらない」

「帆立と林檎、アーモンドは背伸びした感じ」

「料理人も考えて先付を決めただろうけれど、味のバランスが崩れている」

「京風薄味でもしっかり旨味を感じるけれど、蓬麩でわかった」

「この店は、旨味を上手に表現できない」

「珍しく外部の人が来て、それもお見合い、京都店の叔父夫妻やらで、気張り過ぎたか?それが料理人に焦りを与えた」


そんな翼を、可奈子は実に不安そうな顔で、見つめている。


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