第76話京都行きの前夜 

翼と心春は、アパートの部屋の前で別れた。

ただ、「別れた」と言っても、隣同士。

翼にとっては「完全な自由」の解放感には、ほど遠い。


それでも、明日からは京都なので、気持ちを切り替えなければならない。

「心春が下手に朝飯を持って来られても困る」

「明日からの予定も言わなかった、言う必要もないけれど」

「とにかく始発に近い新幹線に乗る」

そこまで考えて、スマホでネット予約を済ませる。


少しして、読書をしていたら、明日泊まる京都店の支配人で、叔父でもある晃弘から電話がかかって来た。

「翼君、明日から楽しみにしとるよ」

「気を付けて、早うおいで」


翼は、このやさしい叔父が大好きである。

「はい、僕も楽しみにしています」

「叔母様にもよろしくお伝えください」


叔父の晃弘は、ふふ、と笑う。

「それがな、由紀美が今、隣にいて、翼君の声が聴きたいといってな」

「わしを、にらんどる」

「ほら、手が伸びて来た」

「それから、その次は美代子や」

「人気者や、翼君は」


電話の相手が、叔母由紀美に変わった。

いつものように、ポンポンと話しかけて来る。

「あらーーー!翼ちゃん?」

「どう?元気?心配でなあ」

「東京やろ?寒うない?」

「うちな、心配で眠れん、風邪でも引いとるかと」


これには翼も苦笑。

「大丈夫です、生きています」

「寒いけれど、何とか食べています」


叔母由紀美は、話が止まらない。

「なあ、何時ごろ来てくれる?」

「でも無理せんで、お昼まででかまへんけど」

「あかん、でも・・・早う見たいわ・・・心配やもの」

「うちの王子様やもの」

「小さな頃なんて、お人形みたいに可愛くてなあ・・・」


翼は、合間を見て答えた。

「朝、6時代の新幹線を予約しました」

「そのほうが空いているので」


すると、電話の相手が、また変わった。

「翼兄さん!美代子や」

従妹の美代子で、翼より、一つ年下になる。


翼は、忙しいな、と思いながらも懐かしいと思う。

「ああ、美代ちゃん?お久しぶり」


美代子は、潤んだ声。

「もーーー!声聞いたら、早う顔を見たくて!」

「明日、迎えに行く」

「あーーー!ドキドキする・・・」


翼は苦笑。

「あのさ、リアクションすご過ぎ」

「そうだな、名古屋過ぎたら連絡する」

「おそらく、9時前には」


電話の相手が、叔母由紀美に戻った。

「とにかく、無事においで」

「詳しい話は、京都の店で、ゆっくりと」


翼は「詳しい話」は、西陣料亭の娘との話と、理解した。

少し和んでいた顔が、難しい顔に変わっている。

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