第59話翼は無理やりアパートに 兄嫁圭子からの電話

翼が、写真館を出られたのは、午後の4時過ぎ。

無理やりに理由を作った。

「兄と実家の仕事の関係で、夜に打ち合わせがある」

「そのために、少し調べることがあるので、帰りたい」


これには、お姉さんたちも、反対はできなかった。

やはり、日本トップクラスのレストランとホテルグループの打ち合わせ、邪魔することはできない。


翔子が、「一緒に帰ろうか?」と聞いて来たけれど、翼は断った。

「とにかく調べ物に専念したいので」

少し冷たい言い方とは思ったけれど、このままお姉さんたちの中にいると、疲弊してしまうとしか、考えられない。


翔子は当然、全員の残念そうな顔に手を振り、来た道をアパートまで戻る。

10分ぐらい歩いて、ホッと一息。

「疲れたーーーー」

「結局、アイディアはこっち任せ」

「嫌だよ、そんなサークル」

「二度と行きたくない」


電柱標識が高井戸に変わり、土日の京都行を考え始める。

「神経を使うなあ・・・」

「あの京都弁だけでも、二重三重に神経を張り巡らさないと」

「もともとは、グループは京都発祥、先祖の寺も墓も」

「板さんとも、仲居さんとも、仲はいいけれど」

「すぐに京都に住ませたがる」

「跡取りとか、京都の人との結婚まで言い出す」

「それは、あの京都の店にしてみれば、安心だろうけれど」

「俺の自由はどうなる?どこにある?」

「あてがわれた人と、無理やり結婚して、子孫繫栄?」

「何も面白くない」


アパートが見えて来た。

隣の心春と顔を合わせやしないかと、不安を感じる。

しかし、「何で不安を感じる?その理由がある?」とも思い、気持ちを落ち着かせる。

「心春さんだって、俺に関心があるから声をかけて来たわけではない」

「ただ、都内に不慣れで、聞いて来ただけ」

「同じ大学の同じ学部と言うことも、あまり考える必要はない」

「大学に入れば、男はたくさんいるし」

「それ以前に彼氏だっているかもしれない」


そう思うと、「どうだっていいや」の思いが強くなった。

「もともと、心春さんに関心があるわけでもなく、一緒に歩いても、何の興味もわかなかったしなあ」


翼は、自分の部屋に入った。

慣れない道を歩いた疲れもあったので、そのままベッドに寝転ぶ。

郷土料理研究会のお姉さんたちに言った「調べもの」などは、本当は何もない。

あるとしても、兄晃との話の後で、問題ない。


食欲は、全くない。

胃の痛みは、なくなったけれど、食べ物が口に入る気がしない。

「それでも、夜にお腹が減るかなあ」

しかし、「その時は、コンビニでもいいや」と、気持ちを落ち着かせる。

とにかく、4月の初旬は、まだ肌寒い。

なるべく、外に出たくないのが本音。


そんな状態で、ベッドでウトウトしていると、スマホに着信音。


兄嫁の圭子からだった。

「翼ちゃん、元気?風邪引いていない?」

相変わらず、やさしい声。

翼は、しっかり目に答える。

「はい、何とか大丈夫です、圭子姉さまは?」

圭子は、いきなり京都弁に変わる。

「うん、心配、翼ちゃんが、メチャ心配や」

翼は苦笑。

「圭子姉さんの京都弁・・・いい感じで」


圭子は、「あはは」と少し笑い、本題に入る。

「ところでな、翼ちゃん。土日の京都は・・・用心や」

翼が「うん」と答えると、圭子の声が低くなる。

「西陣のお嬢様、可奈子さんって娘さんや、ご両親も本気や、覚悟が必要になるよ」

「うちも、少し知っとる、強気な娘さんや」

翼は、思わず本音。

「胃が痛くなります、それ・・・」


圭子も、「うーん・・・」とうなったまま、次の言葉が、なかなか出て来ない。

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