第48話翼は精進料理店で相談を受ける 疲れた翼に実家の兄からメッセージ

「面倒なことになった」と思っても、今さら逃げ帰ることもできない。

翼は、お品書きを読む。

「しめじ茸と小松菜の浸し菊花和え」「焼き茄子の大和芋とろろがけ」「生湯葉の梅寒天酢がけ」「胡麻豆腐」「風呂吹き大根 黒胡麻味噌」「百合根のかき揚げ」「ご飯 信州野沢産コシヒカリ」「なめこの味噌汁」「浅漬」などと続く。


「典型的な精進料理だな」と思うし、味もほぼ想像できる。

子供の頃から知っている武なら、想像通りの味付けをして来るはず、との安心感がある。

「こんな日本料理の教科書みたいなメニューで、冒険をする必要もなく」と思っていたら、出される料理は、やはり想像通りの味付け。


「間違いがない味」と思って、普通に食事が進む。

ただ、礼儀として、残すことはしない。


女将が、顔をのぞかせた。

「若、いかがでしょうか」

翼は、普通に答える。

「美味しいです、素直に普通に食べられます」

「さすがと思います」

しかし、女将は不安な様子。

「本当に?何か・・・あればおっしゃって」

翼は返事に困る。

「うーん・・・教科書通りの味で、それで、落ち着いていて」

「この店らしい味かなと」

翼は、女将に逆質問。

「これ以上、何を望みます?」

女将は、翼の前に座った。

「ここは精進料理でやっている店」

「やはり、どこかパンチが弱いかなと」

「例えば、肉の味を大豆で、とする場合」

「肉の味がする、と言っても真似事なので」

翼も、頷く。

「大豆を加工して肉のような味を出したとしても」

「肉の味を知っているから、真似ができる、つまり料理人は肉を食べているということになる」

「そうなると、本当の精進料理なのかと、そんな意見もあります」

女将は、深く頷く。

「そう、若の言葉通りなんです、そこで悩むことがありましてね」


翼はお茶を少し飲んで、女将に答える。

「結論で言えば、気にしても仕方ないと思います」

「そこまで考えても、それ以上考えても、前進は望めない」

「ここは、この店の精進料理の伝統を守るべきかと」

「あえて、変える必要はないと思います」

「この店に入って来る人は、それを求めて来る」

「その思いに応えるのが、その方が誠意かと」


女将が、少し安心したような顔になるので、翼は続けた。

「武さんも、女将さんの不安を感じていて」

「それでも、この店の調理方法、味付けを守って、私に出して来た」

「武さんに不安があれば、何かを変えて来るはず」

「しかし、変える必要がない場合には、変えてはいけないと思います」


翼の話が途切れると、武が入って来た。

そして「若が、全部話してくれました」と笑う。


女将は、少し涙目、翼の手を握る。

「ありがたいことで、救われました」

翼は、ホッとしたと同時に、疲れを感じる。

「そろそろ、お暇しようかと」

女将は翼の手を強めに握る。

「またいらしてくださる?」

翼は、「はい」と、出来る限りの笑顔で応えた。



精進料理店を出て、北鎌倉から横須賀線に乗り、翼は深いため息。

「結局、疲れた、食べた気がしない」

「楽しかったのは江ノ島までだった」


まだ米を買っていないことを思い出した。

「アパートに帰ってもお米は無い」

「スーパーの米は・・・混ぜ物が多いしなあ」

「コシヒカリを一割程度入れただけで、コシヒカリにして売る」

「ネットで産地から買うかな、それしかないな」

「そうしないと、タタミイワシが食べられない」


そんな翼のスマホにメッセージが入った。

送って来たのは実家の兄の晃、そのメッセージを見るなり、翼の表情が変わっている。

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