第47話味見を期待される翼

茜に距離を詰められたけれど、翼は表情を変えない。

何と言っても初対面の人で、今後はない、今限り、と思うので、深い話をしたくない。

ただ、世間話をすればいい、と思っている。


茜は精進料理店に戻る道で、話しかけてくる。

「将来はご実家に?」

翼は素っ気ない。

「いや、大学入学前なので、まだまだ、そこまでは」

「優秀な人は、他にもいるだろうし」

「翼さんの味覚は、尊敬していますよ」

「関西と関東の違い、いろんな地方との違いまで」


翼は少し考えた。

「それは、水も地方で違って、土も風土も、人々の生活も違う」

「当然、取れる野菜も肉も野菜も違う」

「美味しい、との感覚が、違ってくるのは当たり前」

「例えば山間地に住む人、海辺に住む人、当然、味覚が違います」

「街の店は、どこでも通じる最大公約数的な味になる」

「ホテルの料理が、刺激を求める人には、物足りないように」

「街でも、個人のシェフの料理店なら、経営が成り立つ限り、そのシェフの個性を追求してもいいけれど」


茜は下を向く。

「それはそうですね、私も世間が狭いかなあ」

翼は、下を向かれて、困った。

「いずれ、あちこち旅行すれば、わかります」

「あまり難しく考えないほうが、いいかと」


茜は、また微妙に距離を詰める。

「私の実家は日本橋で料亭をしていて」

「大学が横浜なので、紹介してもらって、アルバイトをしているんです」

「女将さんも武さんにも、本当に良くしていただいて」

「でも、まだまだ、だなあと」


翼は、話の方向が危険と感じる。

料理等の詳しい話を、茜は求めているのではないかと。

しかし、それに応じ始めると、今だけではない、後日も継続的に話をしなければならないので、面倒が増えてしまう。


円覚寺山門を過ぎ、精進料理店が見えて来た。


翼は礼を言う。

「ありがとうございました、忙しい時間を割いていただいて」

「広い円覚寺を案内していただきまして」


茜の顔が、また赤くなる。

「いえ・・・楽しかった、幸せでした」

「また、今度、ゆっくりと」


翼は、少し迷ったけれど、笑顔。

「はい、機会がありましたら、楽しみしています」と無難に返す。



精進料理店の中に入ると、女将と武がお待ちかね。

女将は笑顔。

「個室を用意しました、そちらに」

武は、真面目な顔。

「若、思った通りのご意見を」


翼は、女将と武を制した。

「そんな個室など、もったいない」

「あの、味見でなくて、食事をしたいので」

「普通のお客にして欲しくて」

「そうでないと、食べづらくて」


しかし、翼の希望は通らなかった。

個室に案内されてしまうし、席に着けば「新作メニュー」のお品書きがテーブルに置かれているのだから。

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