第十九話 躾
なんで、どうして。この教会に連れて来られてから、私の頭の中はそんな考えばかりが浮かぶ。
自分で言う事ではないかもしれないが、ここに来る前はもっと冷静になれていたし、利口で論理的な思考を持つことができていたと自負しているのに。
「はぁーっ、はぁー……っ!」
「なぜ突然、私の手に武器が現れたのか知りたいと言いたげな顔だな?」
王様気取りの男は顎に片手を添えて小さく笑い、大鎌の柄で床を一度コンと叩いた。
言われてみればそうだ、彼に胴体を真っ二つにされたあの瞬間から私の脳細胞が半分以上、機能停止してしまっている。
記憶の中では「今この場には武器は何もない」と“言って”消した後、大鎌をもう一度出現させるような『呪い』は使っていなかったはずだ。それなのに。
「お嬢さんは、
「……っ、」
こいつ、こいつこいつ……!私を馬鹿にしているの?!それとも“お母様”と同じレベルの学のない低能女だとでも思っているのかしら!?腹が立つ!!
叙述トリックくらい知っているに決まってるでしょう!?だからって、それとこれとなんの関係があるのかしら!?
「簡単な話だ。お嬢さんの体を分割する直前と、目覚める前……私はこう言った。“今この場には武器は何もない”、と」
「……?」
それがどうしたと言うかわりに目を細めると、王は一歩後ろに下がって見せる。すると、
「!?」
再び彼の手元から大鎌が消えてしまったではないか。
私の目がおかしいわけではないはず、と思わず片手で目を擦るけれどやはり凶器は影も形もない。
「……え……?」
「驚くことではないだろう。言葉通り、今この場には何もない……それだけだ」
瞬間――寒気にも似た強烈な何かが背骨を駆け上がり、ぶるりと体が震えた。
(ああ、そうか。そういうことだったのね)
ようやく王の言葉の意味を理解する。
(でも、そんな……)
彼の手に大鎌が再び出現したのは、どちらも王が歩みを進めて私の目の前に立った時。そして、ついさっき消えたのは王が後退した時である。
手品のように思えたあれらの現象は「今、この場には武器は何もない」……そう、あの言葉には裏も表もなかったのだ。
「ようやく理解できたようで何よりだ」
つまり、アレは――……「私が『呪い』を受けた段階で、赤の王を視認した場所に彼が立っている限り、その手に武器は何もない」という意味であり、一歩でも移動してしまえば『呪い』は無効となって再び彼の手の中に戻ってきてしまう……まさに叙述トリックだったのである。
「では、世間話を済ませたところで……『躾』を再開しよう」
「……っ!?」
赤の王を名乗る男はそう言い終えるなり、なんの
飛び退くようにしてなんとかその刃を逃れ、安堵したのも束の間……着地の瞬間お腹に力を入れたせいで、腹部の切り目から内蔵がデロリと顔を出した。
「ゔ……っ!!」
これ以上体内から出ていってしまわないよう、とっさに両手で内臓を抑え込み体をくの字に曲げるが、
「……“両手を前に出して私を見ろ”……」
「!?」
王の低音が鼓膜を叩いた途端、両手は私の命令に背いて彼の前に揃って並び、見たくもないオッドアイと目線を交差させてしまう。
ああ、内臓が。ずる、ずる……でろり。少しずつ、私の元から離れていく。
「……な、た……」
「うん?」
「あな、た……また、私を、殺すつも、り、なの……?」
「……」
「はぁっ……こ、殺しは……犯罪、よ……法が……貴方を、許さない、わ……」
心にもないことを口にした。自分で言っておいて笑ってしまいそうだわ。
殺人は悪い事?私はそうは思わない。法が許さない?許して頂かなくて結構よ。世のため人のため、この世には必要な『正義』の殺人もある。
けれど、赤の王と呼ばれるような立派な人間には、こうして『当たり前』や『普通』と分類される倫理観を突きつけて情に訴えかければ、いとも簡単に無力化するものだと私は知っているのだ。
「ふっ……法が許さない……?」
しかし、王は……、
「なあ、お嬢さん……法を犯しておいて法に守られたいなど、ずいぶん都合の良い話だと思わないか?」
そう言って口の端を持ち上げると二色の瞳を細め、大鎌を振り下ろして私の両手首を切断する。
「あ゛あ゛あ゛あ゛……っ!?」
ペトンッ。軽い音を立てて赤絨毯へ着地した私の元・両手の上に、少し遅れて真っ赤なシャワーが降り注ぎ、手首から駆け上がった激痛は私の肋骨を突き刺した。
痛い、痛い……っ!!私の手が……!!これじゃあ髪を手ぐしで梳くこともままならないし、スカートに塵がついたらどうやって払い取ればいいの!?許せない、許せない……っ!!
「お嬢さん、あまり腹から声を出さない方が良いんじゃないか? 内臓が家出してしまうぞ」
「ふ……っ、」
ふざけるなふざけるな!!お前のせいで私の腹は裂けているのよ!!
そう言おうとしたはずなのに、とつぜん全身から力が抜けてしまい、王を仰ぎ見たままその場に座り込む。
「は……っ、はぁ……っ、はっ……」
息が、息がうまくできなくなってきた。それに、どうして?寒い、寒い。
「文字通り、顔が青白いぞ。それに、汗もひどい……大丈夫か? お嬢さん」
「はっ、はっ……っ」
赤の王は大鎌を自身の肩に寄りかかるようにして片手で持ったまま、私の目線の高さに合わせて屈み込むと空いている方の手で顎を持ち上げた。
そんな彼の顔も、なんだかぼやけて見える。そこでやっと「ああ。私の体は今、出血性ショックが起きている状態なのね」と他人事のように理解した。
「はっ、はぁっ……こ……っ、」
お前のことも、絶対に殺してやるわ。
そんな風に考える脳の余裕はあるのに、意識が朦朧とし始めて、
「……お嬢さん。躾の続きはまた三時間後だ」
「はっ、はっ……っ、」
赤の王は大鎌を床に置くと横抱きで私を運び、会衆席にゆっくりと降ろして横たわらせる。その間ろくな抵抗もできず、私の腹を裂き両手首を切り落とした男の手でなすがままになっていた。
(死ぬの……?)
いいえ、違うわ。ショック状態に陥っているというのにろくな治療も受けられない今――……私は“死ぬしかない”。
ああ、でも待って。彼は三時間後にまた続きを、なんて狂った話を持ち出していたわ。ということは、王はまた私に『呪い』をかけて蘇らせるつもり?
(また……拷問されるの……?)
嫌、嫌。もう嫌よ。ユニコーンはいったい、いつになったら助けに来るのよ。あの男、自分で言い出した約束もろくに守れないなんて、やっぱり自称・ユニコーンなだけのバイコーンは駄目ね。
お願い、誰か。
「はっ……はっ……」
この苦しみから、開放して。
「……ねえ、可愛いお嬢さん。助けてほしい?」
聞き慣れない声が鼓膜を揺らして。小さな蜘蛛が一匹、フルリと私の頬を這った。
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