まらそん 4


 不気味な男だ。ボーイは対戦相手を詰るでも貶すのでもなく、ただ純粋に気味悪がった。

 人は傷を付けられれば苦悶の表情を浮かべる。中には泣いたり、悲鳴を上げたりもするだろう。

 それが普通の反応だ。痛覚は生物が危険信号として脳に送る警報なのだから、悪感情を見せるのが当たり前。

 ボーイはその発露を見るのが好きな異常者だった。そして異常だったのは、相手も同じ。

「くっはは」

 刃先が腕を裂いても、岩石が頭を割っても、風の塊に打たれても。

「いい、いいじゃねェか、クハハッ」

 血だらけになるほど傷を増すほど、褐色の男は昏く澱んだ瞳を見開いて雄叫び、より精細を放っていく。動作のキレが上がっていく。

 違うだろう逆だろう。肉体が壊れるにつれて動きが良くなっていくはずがないだろう。これを異常と言わずなんという。

 妖精という種族から反し転じて悪魔と化した人外の戦闘欲求。呪いに等しい好戦特性。死闘を繰り広げるたびに上がり続ける理解不能のギアのことなどボーイは知らない。

 だから悍ましい、気持ち悪い、近寄り難い。

 悪感情を抱かされたボーイの身体が、意思に反し一歩下がる。

「ッ!?」

 その一歩すら阻む鋼鉄の壁がボーイの背後で競り上がる。遠目に見れれば、それが巨大な剣の先端だということがわかっただろう。

 無論、そんな余裕は無かったし与えなかった。

 砕けた刀の代わりを地面から生み出し握るアルの足元が大きく揺らぐ。

 次手は打たせまいとしたボーイの魔法、大地から槍状に変化した岩石が伸びるグランドエッジに数ヶ所を刺し貫かれ、手に取ったばかりの剣が離れる。

 だが剣に込められた贋の銘と偽の効力は消えていない。アルの言霊をキーワードに贋作は応じる。

「〝応追魔剣フラガラッハ!〟」

 自然落下途中だった長剣がその声でピタリと静止し、直後にその切っ先がボーイへと固定され飛び出た。

 すぐさま圧縮した風の防壁を張るも、長剣は弾丸に迫る速度で風を突き破りボーイの胸に貫通した。

「いい加減にしやがれテメーはよお!!」

「ッ!!」

 激昂する怒声は空から。たった今刺し殺した男の姿は煙のように消えていた。

 風の壁は防御に見せかけたブラフ。本命は防壁の傍らに操作した酸素密度だと気付く。

(蜃気楼。んなモンまでやれんのか!)

 見上げると、今度は絨毯ではなくそのままボーイが空中に立っていた。さらに頭上に掲げた手の先から数十メートル大の岩石が無数。

 初めの虐殺で使っていた技より遥かにスケールが大きい、それはまるで隕石の群れ。

 相当量の魔力を消費しているのか、ボーイの顔色は青白い。だが手を抜いてはこの気狂いは倒れない。

 確実に息の根を止める。


「死ねや!」

「殺してみろや…!」


 見下すボーイの左右から隕石が続々と降り堕ちる。

 見上げるアルの瞳は爛々と輝いていた。電気のようなものが周囲で弾け、黄金の輝きが地面に浸透する。

 権限の行使。鍛冶神の加護。

精錬たたけ錬鉄たたけ鉄心たたけ心火たたけ

 右腕が燃える。この身は神鉄を叩く鎚にして焔。唱う一句のその内にカン、カンと鍛刀されゆく鍛冶の音。

目一箇まひとつの権能、日緋色金オリカムクルの神技。喰らってくたばれクソ野郎」

 手の内の輝きが集い形を成す。ボーイはその両刃剣に見覚えがあった。初手、同じように岩石を薙ぎ払った炎を生む剣。

 ただしあの時とは攻撃の規模が違う。隕石群は最初のものの何倍も大きい。数だって超えている。

 だが同様にアルの剣から放たれる威圧がまるで違う。隕石のひとつに隠れ、さらに何重にも防壁を展開しておく。

 もしかしたらが、万が一が。

 起こりうると感じた。


「〝緋焔滅尽レーヴァテイン!!〟」


 振るう、というよりは、描く、という方が正しかっただろう。

 空へ掲げた日緋色の剣は中途で形を霧散させ、

「───ア?」

 文字通り、空を焼いた。

 雲を消し、青を殺し、夕焼けにしては濃すぎる紅が空を埋めた。

 終末の日に世界を焼いたとされる炎の剣。

 アルの能力ではついぞ真に至れなかった贋作は、鍛冶神の加護とその権能によって本来の性能を取り戻す。

 おそらく大地に放てば伝承の通り地平の彼方まで焼き尽くしたことだろう。

 当然、隕石群など瞬きの内に焼失し、その影にいた人間も。

「…………、チッ。テンション上がりすぎちまったか」

 色以外何一つ残っていない歪な空を見上げ、アルは至極つまらなそうに呟いた。

「あと二発残ってたが、そうだよなァ。耐えられる方がどうかしてんだ」

 神の御業を受け止められる者なぞ、同じ神か、そうでなければ神を殺す者だけだ。

 使うべきではなかったと後悔する。愉しくなってくると見境つかなくなるのは悪癖ではなく妖魔として新生したことによる、いわば本能に近いものだ。

 どの道止めようと思って止められたものではない。

「まいいか、勝ちは勝ちだ。あとはー…」

 滴る血液をワックス代わりに、焼け焦げたような煤けた赤茶色の髪をかき上げる。そんなアルの視線はゴールである町向こうの海ではなく。

「次だ。千体くらいはぶっ殺してェよ、なァ……!!」

 着々と歩を進めていた巨人の侵攻を視界いっぱいに映して、アルは魔性に染まった狂い笑いを浮かべて飛んだ。





 ───結果報告。

 ───巨人3865体目駆逐の後、手足が千切れ飛んだ状態で海へ落下。三分後死亡。

 ───条件達成の為、勝者アルとする。

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