まらそん 3
視界の半分が遮られている。
土煙を巻き上げる巨躯。足元から見上げると本当に空を突き破っているかのように見える巨人。
それの横列が、今アルの拳一つ空けた眼前まで迫っている。
「─――それは揺れ動くもの。戦を告げる剣戟の響き!」
目を見開き、アルは足裏から能力の根を生やす。地面の深く深くにある鉄分を纏めて束ねて形を捏ねる。
陽光を遮る巨人の足が落ちる。地盤が沈み、アルの立っていた場所ごと土地を世界を踏み潰した。
「…ヒヒ、ギャハハハ!」
アルと共に地面へ落下途中だったボーイは間一髪のところで二枚目の絨毯を召喚しかろうじて巨人の地ならしに巻き込まれずに済んだ。全力で巨人の列から離脱しつつ、大樹のように太い巨人の足に呑み込まれたアルの最期を見届けて下卑た笑い声を上げる。
直後。
「〝
たった今アルを踏み潰し次の一歩を踏み出そうとしていた巨人の体躯が。ひとつの町村すら数歩で更地にしてしまうような規模の生命体が。
突如噴き上がった莫大な力の砲撃に五体全てを蒸発させた。
「…まだ生きてやがんのかよあのクソ野郎ッ!」
「たりめェだ。とっ捕まえろ、〝
聞こえるはずのない距離で放った罵倒に聞こえるはずのない声量で応じ、蒸気となって霧散する最前列先頭の巨人の亡骸から、幾条の鎖が飛び出た。
それは墨に浸けたかのような漆黒の鎖。よくよく見ればそれは薄い刃を何重にも織り重ねた禍々しい形をしていることがわかる。敵を捕らえるだけに留まらず、縛り上げた対象の骨肉を削ぎつつ縫い止める、貪り喰らう捕縛の枷。
本来武装生成に特化したアルではそれ以外の金属加工に未熟な節はあれど、決して創れないというわけではない。
黒鎖は執拗なまでに空中を旋回する絨毯を追尾し、ついにその繊維に巻き付き絡め取った。
「クソッタレ、これ以上魔力を無駄遣いさせンじゃねーっつの!!」
「知ったことかボケナス!」
巨人の浸食を背に残された僅かな陸地を駆けて絨毯を追っていたアルが獣の如き笑みを浮かべる。二度目の落下を晒す怨敵を今度こそ逃がしはしない。
スタンプのように足裏で踏み締めた地面からバネ仕掛けのように一本の槍が飛び出る。
回転しながらアルの手元に吸い寄せられたそれは表面に細かな文様やら異国の文字やらが刻まれた銛のような形状をしていた。一見して、武器というよりかは調度品や芸術品に近い神秘さを放っている。
ケルト神話から具現させた神域に届く槍。その模倣。本来の銘ではなく投擲法そのものを示した、これもまた神槍のひとつ。
先の巨人から受けた踏みつけと実力に見合わない武装の反動によって頭から流れ出る血を指で拭い、槍に刻まれた文様へさらに血文字を上書きする。
それは北欧の叡智。師である
だが使わねばならないのなら躊躇はしない。現代では使われなくなって久しい古代文字を自らの血(より正しくは血中に含まれる鉄分)によって励起させる。
「〝
ルーン文字はそれそのものに力が宿る。極東の退魔師が用いる
付与する効力は吶喊、活性、追尾。
必ず狙い定め、必ず当てる。
「防いでみろ、やれるモンならな!」
「ざっけてンじゃねーゾこの…」
クソ野郎!!と互いに同じ詰り方をして、ボーイが着地するのと同時にアルの術式が起動する。
「〝
「メタライズ!!」
アルの手から離れた槍は弾けるようにいくつかのパーツに分かれた。その数約三十の鏃の群れ。
回避は諦めていた。初めからボーイは防御に徹する魔力を練り上げていた。
全身を覆う鉄鎧。俊敏性は落ちるがそもそも避けることを念頭に置いていないのだから問題ない。鏃が届くまでの短い時間の中でやれるだけ金属を巻き付かせて鎧の装甲を分厚くする。
ついに到達する必殺の一槍。投擲という行為によりその形態を変えた三十の鏃が全身隙間なく固めたボーイの全身に突き刺さる。
「ぐうオオおおお!!」
魔力を高めるボーイの雄叫びが金属同士の衝突音に掻き消されて行く。
数を増やすことでひとつあたりの威力が低減したのか、なんとかそれらはボーイの鎧を貫くことなく止まった。それでも金属は大きく凹み、身体中に鈍器で殴られたかのような青痣が残ったが、それだけ。
耐え切った。
「オラ。次!」
鉄兜の狭い視界から見えるのは八重歯を向いて走り来る敵の姿。息つく間も与えない魂胆らしい。
その手に二振りの刀を握っているのを確認し、ボーイもまた解除した鎧の金属を利用して果物ナイフに刀のコーティングを施した。
正面から斬り合い、剣戟の応酬が地鳴りの中で響き合う。
手数、技量共に武器の扱いに覚えのあるアルが有利。純粋な刃物での一騎打ちではボーイにとって分が悪い。
なんとか魔法の使用で戦局を持ち直そうとしたボーイの視野が歪む。
視覚の異常ではない。晴天にも関わらず地を濡らし周囲へ飛散する謎の水分がボーイとアルの両名をずぶ濡れにしていた。
「なにしてやがる、テメー!?」
「〝
アルの右手にある刀の表面から常に膜を張る水が、刀が振るわれ打ち合う度にその水を散らせていたのだと気付く。
なんの為に。その思惑を打ち破る前に左手の刀が差し込まれる。あわや肌を裂く手前で刀の峰で受け止めたボーイだが、その耳元で弾ける奇妙な音に目を瞠った。
敵の左手が持つ刀から、それは鳴っている。
ともすれば狂気とも見れるアルの表情が三日月状の笑みを形作る。
何か良からぬことを、と察したものの、そこまで。
「んで、こっちが〝
自慢のコレクションを披露するかのように銘を開示した瞬間、左手の刀から稲光が放たれた。同時に雷撃が発生。
ずぶ濡れの二人の身体を雷光と衝撃が襲った。
「ぐォオオあああああああああ!?」
かつての使い手が、落雷に襲われた際に刃で斬り伏せたという荒唐無稽な伝承から生まれた長船兼光作の名刀。その伝承を以て改められた雷神殺しの名、銘。
歴戦の兵士、凶悪な殺人者といえども一生の内に雷に撃たれる機会などそう無い。当然、その耐性も。
幾度もの試行錯誤、失敗の連続でまともな鍛刀に至るまでに何度電撃雷撃の憂き目に遭ったことか。己の未熟さに辟易しつつも、今この時だけは相手よりも肉体に耐性の出来てしまっている自身の復調に苦笑を漏らす。
「どうした、終わりか?だったら殺すぞいいのかあァン!?」
「が、ア…」
開けた口から黒煙と血を吐き出すボーイへ刀の切っ先を定め、突き込む。これで駄目ならそれまで。興醒めだが打ち止めだ。
だが、喉元へ向けられた刀の刺突は薄皮一枚のところで逸らされた。
「あ?」
アルの手心ではない。人為的に軌道を歪められたと判断する。ありえない密度の突風が横合いからアルの刀を押しやったのだから、自然的な現象ではない。
さらに周辺環境の変化。石畳を突き破り繁殖するイグサが破壊された町中を草原へと変える。
「フン!」
雷撃の麻痺から復帰したボーイが両手を正面にかざすと、そこから発生した大気の塊が砲弾のように飛び出てアルの顎と眉間を撃ち抜いた。
「ぐぬ、いいぞいいぞ!まだ終わらねェな!」
後方に飛び退き、二刀を交差させる。最大出力の水量と帯雷が渦を巻く。
「こンのクソが。化物が人のフリしやがってよオ!!」
突き出した両手の間から酸素が凝縮されていく。超高濃密度の風砲。
解放もまた同時。
「くたばれや!!」
「〝
純粋な衝突、高濃度酸素への着火。まるでミサイルが着弾したような爆炎と爆風を撒き散らし巨人の足が半歩押し返される。
残る世界の面積はあと僅か。
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