まらそん 1


「……はーん?」

 転移した途端に鼓膜を揺さぶる阿鼻叫喚の地獄絵図。

 人々は逃げ惑い、泣き叫び、殺し合い、踏みつけ合いながらどこぞへと走り去る。その方向は皆同じだった。

 何事かと首を傾げるアルは大地の揺れに気付く。人間の悲鳴に気を取られていたが、等間隔に一定のリズムを刻むように、ズシンズシンと地鳴りが響いていた。

 逃げる人々が背を向けるその遥か先、天を衝く巨大な壁が地平の彼方まで続いていた。

 否、それは壁に非ず。尋常ならざる巨躯を誇る人型がずらりと並び歩いている。速度自体はかなり緩慢なようだが、確実に世界を地ならしにより侵食していた。

 崩壊手前の世界。ここで成すべきことは。

(アレを皆殺しにすりゃいいのか?)

 だとすれば望むところだが、如何せん数が多い。この世界に残る土地面積がどれほどなのか分からないが、一日二日で済ませるには数も規模も莫大に過ぎる。

(広域殲滅はオレの領分じゃねェんだが…まあ、やってみるか)

 眼前に広がる絶望を理解しているのかいないのか。怒号と悲嘆に満ちる中でただひとりだけ愉しそうに笑うアルが人の激流に逆らって巨人に向き直った時。

 我先にと駆けていた人々の頭が弾け、柘榴のように四散した。

 一人や二人ではない。十数人とが一斉にだった。無論、唐突に爆ぜたわけではない。

 空から降る落石。それも人の丈を超えるほどの巨岩が人の塊を押し潰したのだ。

 町中を繋ぐ石畳の路上、付近に崖など無く岩が落ちるような地形ではもちろんない。

 だというのに落ちた巨岩はアルを中心に巻き込むように八つほど着弾した。

「ギャハハハハハハハ!!」

 新たな脅威に悲鳴はさらに拡大拡散する。そんな惨状を慈しむように見下ろす男がいた。

 空中に浮く絨毯の上で胡座をかき、圧殺した肉塊が広げる血溜まりに狂喜の哄笑を上げる。

「ンだァここは?マンハントの会場か?こんだけ種類が多けりゃ色んな断末魔を聴き比べられんなあ!?」

 老若男女様々な人間が空を見上げて戦慄する。どうやってかあの巨岩を生み出し落としたらしき男は、この狂乱を宴か何かと思い違いしているような素振りで恍惚と一人語る。

「オイ!次は誰がいい?選ばせてやんよ。ガキが嫌なら親が出ろ、それも嫌なら老い先短ェジジイかババアでもいいぜ!」

 じっくり値踏みするように眼下の人間オモチャを眺める人非人は、そこで目の錯覚のようなものを覚えた。

 地面に沈む、自身が落とした巨岩のひとつ。それが今、僅かに動いたような…。


「退いてろ。〝劫焦レーヴァ…」

「んアア!?」


 錯覚ではない。そう分かった瞬間身を這う悪寒に生存本能がけたたましい警鐘を鳴らした。

 ひたすらに純粋な澄んだ殺意。長らく多く人を殺してきた男だからこそ理解した。

 は、歪なるものだと。

「───炎剣テイン!〟」

 巨岩が赤熱し溶解したと思うが刹那、岩を両断し灼熱の斬撃が空舞う絨毯を追った。

「チィッ!」

 間一髪反応した男の操作によって絨毯は端を焦がす程度で被害を抑えたが、直撃していれば絨毯どころか乗っていた男もただでは済まなかっただろう。

「ほーらどけどけ、どけって。これ以上はもう加減しねェから巻き込まれても知らんぞー」

 地上から吐き出された炎熱にまたも戸惑う大衆を蹴散らし、呑気な声で物騒な物言いをするアルは空を仰ぐ。

 その身、擦過傷のひとつも見当たらない。

「面白ェモン乗ってんじゃねェか。あれがオレの対戦相…ん?」

 アルの存命に驚いているのか空から様子を窺っている男を人外由来の視力で捉え、その姿に同盟仲間の言を思い返す。


『とんでもないクズでしたよ。出来ればもう二度と会いたくはないですけど』


 吐き捨てるようにそう語った風精の女が挙げた特徴、容姿とよく似ている。

「あーなるほど。はっはぁそういうことな」

 途端に殺意を放出したまま朗らかに笑う器用さを見せたアルが爪先で地面を小突く。

 すると叩いた地より形成されたものが盛り上がり、アルの眼前で両刃の剣としてその全容を現す。

「ルールはまだハッキリしてねェけど、とりあえずやんなきゃならんことは分かった」

 一息に引き抜き、剣の切っ先を空の男へ向ける。


「来いよ害悪ゴミクズ。その絨毯ごと纏めて粗大ゴミに出してやる」

「調子、に。乗んなよクソ野郎が」


 青筋を浮かべて憤慨する男、極悪魔人ボーイは旋回させた絨毯を用いて自身を見上げる忌々しき敵を滅殺するべく突っ込んだ。

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