ちゃんばら 3
彼我の差、優位を取れるのは速度のみ。
元より忍者に真っ向勝負はありえない。言ってしまえば、顔を突き合わせた正面対決の時点で劣勢、あるいは敗北に等しい。
完全に火力では勝ち目は無い。三態変化と空間操作に直接的な攻撃能力がなくとも、白魔真冬という躯体そのものが何よりの矛であり牙。人の形をした殺戮兵器。
その在り方はかつて陽向家の当主達と共に滅ぼしたとある一族によく似ている。
(だとすれば単身での撃破は……)
それ以上は心中であっても続けることはしなかった。
友と呼んでくれた陽向───否、神門旭の要請に応えたのだ。全身全霊を賭して挑まねばならない。
幸いにも忍は死に臆して怯む者ではなく、そしてこの異なる世界での死は自らの世界に反映されない。
ならばこの命に縋る必要は無い。
(要は、死ぬより先に殺せばいい)
ルールはシンプルな殺し合い。
生命をゲージに例えるのなら、ほんのミリでも残っていれば、先に尽きた者には勝てる。その数秒後に同じく死ぬとしても。
「……」
真冬の挙動、殺意。それらを読み取り動き出す。最高速度までギアを上げた迅兎の脚は、既に地面を爆砕させるほどの瞬発力を発揮していた。
コンマ数秒前まで構えていた場所が、砕けた地面ごと凍結し氷塊の内に呑まれる。
勘だが、風魔の速力に慣れてきている。そんな気がしていた。
これ以上長引かせれば、真冬の異能は高速移動する迅兎を捉えかねない。
考えている間に頬へ迫る剣先。紙一重で飛び上がり避け、すれ違いざま斬撃を合わせて五閃。
今度こそ理解する。硬度を帯びているのは黒い長袖のワンピース。拳を伝い二の腕まで奔る五つの裂傷はやはり出血こそすれ薄皮の一枚しか斬れていない。
そして訪れる二撃目。
不可能だ。速度で勝る迅兎がすれ違った先で刃が待ち構えているなどなんの冗談か。
風魔迅兎はどこまでも理屈を求め、不可解を認めない。焦燥を覚えるようでは三流もいいところ。
心臓を潰す軌道の刺突に僅差で追いつき左手を差し挟む。臓器の代わりに片手は破壊された。
口元から再度の火遁。目眩しの意味合いで放った炎にダメージは期待しない。すぐさま剣の届く距離から離脱する。
この間二秒。状況を正しく理解に至らせた。
迅兎の動きは少女に追えていない。だが軌道予測は出来る。
予測の先に空間を拓いていた。その出口を自身が振るう両刃剣の致死圏内に設定しておけば、迅兎の超速はカウンターによりむしろ仇になる。
思考速度まで常人を超えている。明らかに自身の異能に習熟させた者の使い方。下手に武器を転移させて飛ばしてくるより遥かに厄介。
追撃阻止にばらまいた
次も躱せない。壊れた左手でもう一度防げるか。
と、
「…っ?」
がくん、と。急に踏み込んだ足から力が失われ、照準を違えた斬撃が迅兎のこめかみを裂くに留まる。
「な、に?」
真冬の僅かな疑問に律儀に答えてやる義理はない。ひとつ晒した隙に風魔の全速を見舞う。
最初に与えた肩の裂傷へピンポイントで三つ重ねて斬る。出血を固めていたようだがその程度なら問題ない。
一斬で足りないなら足りるまで斬る。
「お前。何を…した」
思考力の低下。それは呼吸器系の障害による酸素欠乏によるもの。
基本的に忍の持つ刃には毒が塗布されている。
風魔独自の薬学により、火薬はもちろん毒物にも様々な改良、いや改悪が施してあった。
その毒性は迅兎の住む世界における『特異家系』と呼ばれる特殊な一族達の肉体にも通ずるよう調整されたもの。
本来であれば無論のこと即効性の毒だが、この人型兵器はこの瞬間まで自覚が及ばないほど巡りが遅かった。これほど刀傷を与えてようやく症状が表れた。
やがて目眩、吐き気、頭痛に襲われ呼吸の仕方を忘れた末に死ぬだろう。
ここから先は耐久勝負。毒殺遂行か戦死か。持ち堪えた方が勝つ。
となれば選ぶのは逃げの一手に限る。
忍に真っ向勝負はない。忍に正々堂々はない。
確実に殺せる方法を取るのは必然。これを卑怯と謗るのは純粋な戦士か崇高な矜恃を掲げる騎士武士の類だけだ。
ドブにでも捨てろ、薄汚くあれ。
「!」
丘を縦横無尽に飛び回る迅兎を追って氷塊が展開される。動きを止め捕縛するつもりだ。
片手は死んだが足は十全。このまま時間を稼ぎ続ける。
「───祓いたまえ」
「…!」
総毛立つ感覚。これまでのものと別種の異質を察知する。
なんらかの能力、術式。
「───清めたまえ」
胸の前で印を結び、手元に現れる御幣。神道、あるいは巫術に連なるものか。陰陽道を司る陽向家の人間ならそれの正体を判別することが出来たかもしれないが。
止めるべきか。印を結ぶ間、氷塊の猛威は鳴りを顰めていた。発動の条件に当たりをつけてはいたが、これはやはり。
距離を維持しながら真冬の周囲を疾駆しつつ地面から抜いた刀剣を投げつける。
ワンピースの裾を翻し脚撃でそれら全てを打ち払う。御幣を握る真冬は毒と裂傷を意にも介さず静かに迅兎を見ていた。
兵器だろうと
風魔の毒は他にいくつもの成分が互いに妨害し合わないように混在している。まだ立っていることの方が異常だ。
分身の術。五人に分かたれた忍が撹乱に徹し四周を飛び回る。
印を結ぶ間地面に突き立てていた両刃剣の剣身を掴み、握り潰した真冬が四方八方へそれを投げつける。
刃の散弾に本体含め三人が襲われ、二人が霞と消える。
「…そこ」
逆に消えなかったことで本体と見破られた。円周を描いた空間に突っ込んだ手は距離を飛び越えて迅兎の胸倉を鷲掴む。
肉弾戦はダメージを分配する。ここから何をしようが致命傷にはなりえない。
その考えが誤ちだというのは、掴まれた胸倉と真冬の手の内に挟まれていた御幣を見て気付く。
だが遅い。
「『大祓』」
「……!!」
能力を破壊する能力。
真冬は特異家系を知らなかった。だから彼女が対象に選んだのは黒装束の男が操る『忍術』そのもの。
風魔家は忍の概念を遺伝し引き継ぐ特異家系。忍術はその最たるもの。
末端より受けた破壊術式はその根源たる『風魔』を殺す。
忍術の破壊に伴い残りの分身も掻き消えた。『大祓』なる力の余波に当てられて肉体が痺れる。その間を見逃さず足を地面ごと氷結された。
僅かにふらつく体を前倒しに、新たな刀を手に取った真冬の突撃が迫る。
変わり身も使えない。
今度こそ胴の中心を刀身が貫いた。
「…ッ!ふ、ぐ……!」
「…なんとか、間に合った」
尋常ではない量の吐血を浴び、真冬は身を侵す毒に震える両手に余力全てを込めてさらに刀を捩じ込む。
絶命を確認するまで決して抜かない。
いや。
抜けない。
「…なん、で」
刀を握る手が、柄ごとワイヤーに絡め取られ固定されている。
あの一瞬で?片手のみで?
忍者の忍者たる所以を壊したのに?
そんな疑問、疑惑を向ける丸々とした愛らしい瞳に。
(舐めるな)
強く強く、決死の光を乗せた眼光が応えた。
確かに
互いの吐息すら触れ合う至近距離で、力は拮抗する。普段通りの膂力があれば極太のワイヤーであろうと引き千切り刀を引き抜くことは造作もなかった。そうできないのはいよいよ全身に巡り切った強毒の枷のせい。
今なら、もしかしたら。
残った右手で胴を貫く刀を押さえる。離れられるわけにはいかない。
装束下衣の懐から一つの玉が零れ落ちる。
最後の焙烙玉。また氷で防がれては困る。
随分前から判明していた、『対象物を指差す』という、三態変化の条件、制約。
刀の柄に固定された両手では自身の周囲を固形化させることもできない。
こうなれば我慢比べだ。
鍛え抜いた風魔の人間と、毒で弱体化した白魔の躯体。
爆ぜ散る二人のどちらが先に死ぬか。
「お前…!」
「……ふ」
正気を疑う真冬の視線を受けて、風前の灯火でそれでも強気に笑ってみせる。
ほどんど抱き合うような恰好の男女の小さな隙間で、特大の火力を秘めた焙烙玉は決着の爆光を放つ。
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