ちゃんばら 2
先手、速度で上回る風魔迅兎の二撃が入る。
ひとつは右手に握る
少女の脇腹に放った蹴りは今、迅兎の体の同様の箇所に痛みを与える。
(瞬間的な接触ですら共有されるか)
先程魔剣がしていた説明の通り、肉弾戦によるダメージは両者均等に分配されるらしい。
触れていた秒数に問わず、触れたこと自体が瞬時に月の呪いに感知されていた。
ルールの仕組みは文字通り身をもって理解した。次は敵の情報。
忍の基本は収集にある。本来は闘う前より入念に下調べをした上での闇討ちを主とするのが忍だが、此度はそれも通らない。
「…速い。速力の『
肩を裂いた傷は浅い。少女は外見の儚さに反して負傷にも速度の翻弄にも眉一つ動かさなかった。
そもそも驚いたのは迅兎の方だ。初手から全開、肩を半ば斬り落とすほどの勢いと威力を乗せたつもりだった。
寸前で身を捻った回避行動も驚嘆に値するが、まずもって表皮がありえないほど硬い。
まるで鉄を叩いたような手応え。なんらかの能力と推察する。
(刃物に対する耐性か?)
「うっとう、しいな」
白魔真冬の四周を視認不可能な速度で移動し続ける迅兎に対し、少女の選択はこうだった。
「…よいしょ」
バキバキと、柄と鍔を指圧と握力で握り潰す物騒な音を立て続けに上げて、片手につき約十数本。
両手で都合三十本程度。丘に刺さる刀剣を纏めて引き抜いて持ち上げた。
少女の細腕で行える所業ではない。ましてやその刀剣をアンダースローで投げ飛ばすなど。
(異能の力…!?この人外じみた膂力、先程の硬化!この娘やはりただの人間ではないっ)
掠るだけでも吹き飛ばされそうなほどの轟速で刃が迫る。何せ真冬にとっての弾はそこら中に刺さっている。
着弾するだけで丘を抉り貫く刀剣の投擲は、その周辺すら爆ぜた土塊によって破片手榴弾のような脅威を撒き散らす。
ついに速度の先を読まれた刀の一振りが動き回る影を捉え肉薄。爆風と共に土砂が噴き上がる。
「ん。当たった…?」
動きを止め、土煙に塞がれる爆心地を見やる。
「ふぅっ!」
気勢を上げて影が飛び出した。その数四つ。
分身の術で生み出した黒衣の忍が単独時と変わらない速度で真冬の四方に散る。
数が増えたことで真冬は投擲をやめ、頑丈そうな両刃剣を適当に選び両手に握る。
真っ先に短刀を持つ背後の忍に的を絞った。胴を横薙ぎにする大振り。ただし速すぎる、どう見積もっても片腕で出せるはずのない振り被り。
かろうじて逆手に持ち替えた短刀の腹で受けたが、肉厚の両刃剣は細い短刀を打ち砕き持ち主の胴体を真っ二つに両断した。
上下泣き別れにされた忍者はたちまちの内に霞となって消え失せる。本体ではなかった。
その機を狙い両側の忍者が手裏剣による挟撃を仕掛ける。
弾くなり躱すなりすればいい、思考させ続ければいずれ致命的な隙を晒す。
だが対処法は予想の外にあった。
剣を握ったまま真冬が迫る手裏剣に対して大きく円を描くと、どういうわけか飛来した手裏剣は虚空に吸い込まれ失せた。
その矢先、両側に位置取りしていた忍者の姿が霞と化す。あとには虚空に消えたはずの手裏剣だけが落下していた。
(手札が多すぎる)
相手の本質を看破しようと正面に残った本体が地面から引き抜いた鉄刀で接近戦を仕掛けるが、基本的な身体能力はおそらく相手の方が上。速度と足捌きでどうにか刃の打ち合いに互角を強いているが、それも長くは保てない。
鉄刀の亀裂を柄の震えから察し、次の一打ちで違わず折れる。
「───すぅ」
刃の欠片散る中で眉間に迫る剣先。寸前まで引き寄せた渾身のタイミング。
口元を覆う黒布を舌でズラし、唇から覗いた上下の八重歯が噛み合い火花を散らすと同時に肺の空気を全て吐き出す。
呼気に乗って大気を喰らう大炎が直線状に伸びる。
完全に頭部を直撃する射線を確保した上での火遁。これだけの近距離、回避は不可能。
そのはずだった。
「ッ!?」
避けられた。躱された。
宵闇を退ける火炎の放射は雪のように煌めく白髪を掠り溶かし、二房あった三つ編みのひとつがバラりと解ける。
相手に与えた影響はそれだけ。
(そう、か)
勘付く、ある仮定に至る。
「おしまい」
無慈悲に無感動に、両刃の剣は迅兎の腹部を貫通した。戦闘終了を確信する。
「……、?」
貫いた一人の人間の、その重さを感じないことに気付くまでは。
剣には黒い布切れがまとわりついているだけ。馬鹿な、確かに手応えはあったのに。
風に吹かれてなびく布切れの内から三つの球体が転がり落ちる。地面に跳ねるより早く眩い光を放つ球体。
直後にそれらは地鳴りを伴って同時に爆ぜた。
「……」
やや離れた位置から伏せて爆発の様子を窺っていた迅兎が警戒を怠ることなく慎重に起き上がる。
咄嗟に行使した変わり身の術。両刃剣に串刺しにされた黒装束の上衣に詰め込んだのは忍具がひとつ
その爆力をもってしても。
「……危なかっ、た」
流石にノーダメージとはいかなかったが、与えられたのは軽微な手傷。
それよりも注目すべきは白真真冬の前面に展開された分厚い氷の壁。
仮定は確信に変わる。
火遁を外れた原因は他ならぬ迅兎自身にある。発火の瞬間に足元のバランスを崩し照準が大きくブレたからだ。
それも、急に片足が地面に沈みこんだことによるもの。今も迅兎の右足は脆くなった地を踏み抜いた証に濡れそぼっている。
戦闘開始まで全域乾いた丘陵地だった。相手の仕掛けた干渉によるものだろう。地面を液状化させた。
至近爆発を防いだ氷の壁も大気中の水分を固めたものだとすれば同系の力として含まれよう。
初手の斬撃も、あるいは自身の衣服を固めた即席の鎧による防御だったのかもしれない。
(物質三態の任意変化!加えて空間の分離・接続能力。そして埒外の身体性能…!)
あまりにも強力。人ではなく怪物として揃いすぎた能力。
こちらの世界でも類を見ない、人型兵器。
「もう手品は尽きた?終わり…?」
氷の破片を踏み砕き、人のカタチをした何かは依然として無表情に黒衣の忍を見据えていた。
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