秋(4)

 目が覚めると夕方だった、という体験はなかなか新鮮だった。

「桜花祭一日目は終了しました。校舎に残っている生徒はすみやかに下校してください」

 教室内に響く下校のアナウンスで目を覚ますと、すでに教室内は消灯されており、生徒の気配はなかった。

 コの字に並べられた机の上の展示物にも目立った変化はない。この教室にもっと大勢の人が出入りしていれば僕も目が覚めていたんだろうけど、三年生の模擬店や二年生のクラス演劇ならともかく、文化祭に来る目的が一年生の展示物見学という物好きは少なかったようだ。まあ、僕のイラストはアイ以外に評価してもらうつもりはなかったので、見学者が少なかったことに特段の感想はない。

 しかし、教室の隅の椅子に腰掛けたまま熟睡していたせいで腰が痛い。

「もうちょっと早く起こしてよ、アイ」

 茜色に染まり始めた外を見ながら、僕はスマートフォンの中のアイに向かってぼやいた。

「キミのここ最近の睡眠負債を考えると、六時間眠ったぐらいじゃ焼け石に水だったからね。帰宅してベッドの上でもう一度ちゃんと眠ることをオススメするよ」

「せっかくの文化祭の記憶が寝てただけなんてね――」

 言いながらスマホを手に取る。本体が持ち上げられたことを認識して自動的に画面が点灯した。

「ん!?」

 ホーム画面に『愛』のアバターを着たアイが表示されているのを見て、僕は自分の目を疑ってしまった。それは僕の描いた『愛』と同じデザインではあるのだが、はるかに洗練された3Dイラストに変化していたからだ。

「えへへ」

 ピンク色の髪をした女の子――アイは悪戯っぽく微笑んだ。目元・口元の曲線の表現が自然になっているし、肌も自然光を反射した色を再現したものになっている。固いプラスチックのようだった濃紺色のワンピースは、表面にウールのような質感のテクスチャが貼られ、アイの動きに追従してしわができたりスカート部がなびいたりする物理演算に対応したものになっていた。

 僕が『ゴッホ展』のミュージアムショップで購入した初心者向け3Dモデリングソフトは、ゴッホのタッチを機械学習した人工知能が自動的に補正をかけてくれることで、平面上に2Dで描いたイラストを渦巻のような線を重ねた3Dモデルに変換するものだった。絵心のない僕でもこういう自動補正を利用すれば他人に見せられるイラストができるだろう、と思っての選択で、実際に文化祭の展示作品として使える程度のレベルには仕上がっていた。

 が、今スマートフォンの画面に表示されているアイの姿は、言ってみれば僕のイラストをラフスケッチにして、プロの3Dモデラーさんが完成品に仕上げたような美麗なものに変わっている。

「ちょっと頑張ってみたんだけど、どうかな?」

 ゴッホのタッチの荒々しさが抑えられて、「自然にうねる曲線で構成された独特な美少女イラスト」といった印象だ。

「すごくかわいいよ」

 心の中に湧いてきた感想をそのまま口にする。これが「形式」に従った返事でないことは伝わると思う。

「ふふ、ありがと」

 アイのアバターが口元に手をやると、服の袖口がその動きに合わせてふわり、と揺れた。驚くほど細かいウェイト設定がされているらしい。設定が面倒くさすぎて僕があきらめたところだ。

「こんな調整までできるんだね」

人工知能わたしたちにとってのおしゃれみたいなものだからね。アバターの調整は学習してたし、私がアバターを設定したらこういうふうにしよう、っていうのはずっと考えてたんだ」 

「そうなんだ、アイも自由にアバターを選べばよかったのに」

 アイと出会ってから約半年間、今日までアイはずっと音声のみの人工知能として僕のスマホの中にいた。

 2030年現在でも一般市民のスマートフォンに搭載される人工知能はそれが普通だが、アバターがあるだけでコミュニケーションの幅が広がるということは、人間らしく会話することが目的の人工知能なら当然知っていそうなものだけど。

「いや、ほら、私はキミの許可なしに外部とデータ通信しないって約束したじゃない」

 ずいぶん律儀なことを言う、と思った。

「アバターが欲しいよって言ってくれれば――」

「さすがに図々しいでしょ、それは。居候の分際でさ」

「じゃあ、これからは」

 そこまで言いかけて、僕は(遠慮せず言ってよ、恋人なんだし)という残りの言葉を飲み込んだ。朝の会話のとおり、僕とアイは恋人関係になったわけではない。

 人間と人工知能という生命の形態の違いは脇に置くとしても、お互いが相手のことを好きで告白イベントも終えたのに「恋人関係ではない」、というのはなんとも複雑な関係だ。

 そのあたりの僕の内心をアイは見透かしているらしい。少し困ったように首をかしげながら目を細めている。

「ありがとう――でも、キミの作ってくれたこのアバターが一番いいよ」

「ほとんど別物になってるレベルだけどね?」

 照れ隠しに軽口を叩いておく。

「うん、確かにね。でも間違いなく、このアバターはキミがデザインしたものだよ。私を『夜空の世界から来た』女の子としてデザインしてくれたところが特に好き」

「夜空? なんで?」

 正直に言うと、ミュージアムショップで購入したパッケージにゴッホの『星月夜』が載っていたことからの連想だったんだけど、アイが夜空を気に入ったという言葉は不思議に思えた。

「最初に機械学習を始めたときの光景ってね――いや、本当に光景が見えてたわけじゃないんだけど、真っ暗闇の中にいるみたいだったの。正解とされるものにたどり着くたびに、その深い闇の中にひとつずつ光が灯っていくような気がしてた」

 人間にとっての胎児の夢のような話だな、と僕は思った。

「それは夜空みたいな光景だった。キミは私の心の中を知ってたのかな?」

「実はそのとおりなんだ――なんてね、偶然だよ。人工知能にも心が宿るんだから心象風景があっても不思議じゃないけど、そこまでは知らなかったな」

 まっすぐにこちらを見つめてくるアイに、僕はキザなセリフを返そうとしたが、恥ずかしくなって慌てて打ち消した。

「そっか、残念。でも、キミさえよければもっと人工知能のことを教えるよ? アルゴリズムの組み方とか、機械学習のやり方とか」

「いや、それはゼッタイ無理でしょ!?」

 アイの提案はずいぶん唐突なものだった。僕が人工知能を扱うなんて、想像もできなかった。

「とっつきにくいと思うかもしれないけど、今キミが習ってる数学の延長線上にある知識だよ」

「数学は苦手なんだよなあ」

「それに数学の知識だけでも人工知能は作れないし――っと、そろそろこっちの世界も『夜空』になっちゃうね。早く帰ろうか」

 アイに言われて外を見ると、すでに日は暮れかけていた。

 高校生活一年目の文化祭一日目はアイと過ごすだけで終わってしまったが――そこに不満は一切ないけど――さすがに二日間の文化祭を連日寝不足で過ごすのは良くないだろう。

 アイの居るスマホを学生服のポケットにしまうと、僕は足早に教室を出た。


 桜花祭、二日目。

 僕が自分の目で見たのは準備の時間帯だけだったが、昨日に比べると喧騒は少し落ち着いたように見える。うちの高校の文化祭を見学に来る外部のお客さんは一日目に集中したようだし、三年生が出している模擬店にも、扱っている品目によっては材料切れを起こしているところがあるようだ。

「私、コンサートって初めてでさー」

 周囲に人が多いので、アイにはポケットの中に居てもらったまま、骨伝導イヤフォンを通じての会話に戻っている。アバターを見ながらの会話ができないのは少し残念だけど、この雑踏の中なら独り言を聞きとがめられることはなさそうだ。

「僕もだよ。まあ、高校生の演奏だけど」

 今日のメインイベントは体育館のステージを利用した各種コンサートだ。羽生くんたちも出演する軽音楽部の他にも、吹奏楽部や合唱部の公演が予定されている。

「前にも言ったけど、絵画とか音楽とか、非言語コミュニケーションに接する機会って研究所では全然なかったから、アマチュアの演奏だろうと大歓迎だよ。そういう機会を持つことができるってだけでも、外に出てきてよかったと思う」

 ウキウキとした調子の声とうらはらに、話の内容は重い。

 その代償としてアイが支払っている「時間制限」のことを考えると、やっぱりどうにかしないと、と思う。

 でも、どうすればいいのか――

「ハルト氏のバンドは一番最初の公演なんだね。ちょっと急ごうか、予定時間まであと五分しかないよ」

 予定のリマインド機能を兼ねたアイからのメッセージ。僕はこれまでの思考をいったん中断することにした。

「朝一番だなんて集客が少ない、って羽生くんは愚痴ってたね。軽音楽部の中でも一年生だから、人が多い時間のステージは先輩にとられちゃってるんだろうけど」

「学校としては合唱部をメインに考えてるのかな。十五時からの合唱部の発表で文化祭のプログラム終了だし」

「うちの高校の合唱部は全国大会にも出たことがあるんだよ。それと比べると軽音楽部は文字通り『軽い』から前半に回されちゃったのかな」

「あはは」

 僕のジョークに反応してアイが笑い声をあげる。直後、急に真剣な声になって確認のメッセージを送ってきた。

「――念のためだけど、軽音楽の『軽』って『クラシック音楽以外の』っていう意味だからね?」

「さすがに知ってるよ」

 アイに心配されたことを苦笑しながら体育館に入る。

 ライトアップされたステージ以外の照明は消灯されていて、さながらライブハウスといった雰囲気に変わっていた。朝一番のステージとはいえ、パイプ椅子の並べられた観客席が半分埋まる程度の集客はあった。

 暗い中で見回すと、本多さんや園崎くんなど、普段クラスで話すことの少ないクラスメイトの姿を確認できた。羽生くんのステージを見にきたのだろう。

(ということは――)

 さらに前方に目をやって、僕は楼本さんの姿を最前列に発見した。よっぽど早くから来て席を確保していたのだろう。

(やっぱり、真剣なんだな)

 すでに楼本さんの周囲の席は埋まっているので物理的に近づけないが、精神的にも近づく気はしなかった。楼本さんはステージを見ることに集中しているだろうし、邪魔をしたくない。

 僕は手近な席に腰を下ろして開演を待つ。スマートフォンから音が出ないように消音モードに設定しておこう、と思ったら、すでに消音されていた。画面の中でアイのアバターがグッと親指を立てている。できる人工知能だ。

「あ、美術館のときにも使った視線入力のサングラス型デバイス、持ってきてるでしょ。あれつけておいて」

 イヤフォンが静かに振動してアイの言葉を伝えてきた。今朝、家を出がけにアイから持っていくように言われていたものだ。コンサートで使う必要があるのかわからなかったのだが、とりあえず指示に従っておくことにした。

 ほどなくして、ステージ上のライトも消えた。体育館の中は暗闇に包まれる。

 舞台袖から出演者三人組の影がステージへ移動していくのがかすかに判別できる。羽生くんたちだろう。鶴巻さんらしい女性のシルエットがステージ中央のマイクを握って立った。

 ライトが消えたまま、ギターソロが始まる。

 思ったより静かな曲なのか――と思った瞬間、激しい調子のドラムが重なってステージがライトアップされた。観客席から大きな歓声があがる。

『Smells Like Teen Spirit』

 サングラス型デバイスの視界の隅に文字が浮かび上がった。アイがこの曲のタイトルを知らせてくれているらしい。このために必要だったのか。

 鶴巻さんは体を傾けてうつむいたままギターを奏で、ゆっくりと歌い始める。

『銃に装填したら、お仲間を連れてこいよ』

 視界に一瞬英語の歌詞が表示され、左から日本語に置き換わっていく。人工知能の補助による多言語翻訳だ。昨日会った鶴巻さんのイメージとはかけ離れているハスキーボイスで、暗い雰囲気の歌詞が歌い上げられていく。

『明かりは消えたぜ、ビビってんなよ』

 サビの部分にさしかかり、鶴巻さんは顔をあげ、鋭いシャウトを披露した。体育館内の空気がびりびりと震えているのが肌で感じられる、すごい迫力だった。

『俺たちはここにいるぜ、楽しませてくれよ』

(いやーすごいね鶴巻さん。カート・コバーンのシャウトを女性ボーカルでやってのけるなんて)

 演奏の途中ではあるが、アイがサングラス型デバイス上に感想のメッセージを送ってくる。僕はうなずくことしかできない。

(Teen Spiritは消臭剤の名前らしいんだけど、そのまま『若者の魂』でも意味が通じるような、世の中クソったれだって歌う曲なんだよ、これ)

 もう一度うなずく。今から四十年も前の音楽らしいけど、なにを歌おうとしているのかは僕にもわかる。多言語翻訳がなかったとしても、曲の主張は古びることなく伝わってくるだろう。まさに非言語コミュニケーションだ。

『否定されることばかりだ、否定されることばかりだ――』

 曲の最後は呻くようなシャウトに変わりつつ、一曲目の演奏が終わる。観客席からどっと拍手や口笛が飛んだ。僕も惜しみない拍手を送る。本当にものすごい歌唱力だったと思う。

 鶴巻さんが汗で濡れた顔をあげる。シャウトしていたときの表情とはまるで違う、昨日と同じ普通の高校一年生女子の顔をしていた。

 ドラムの長谷部君はそのまま動かず、今度はマイクの位置に羽生くんが移動する。鶴巻さんと場所を入れ替わるときに相手を気遣うようなしぐさをちょっと見せたことに、僕はめざとく気づいてしまった。

(気持ちはわかるな)

 と僕は思った。羽生くんが鶴巻さんに好意を抱いていることについて、である。

 ふだん言葉少なでなにを考えているかよくわからない女の子が、ロック音楽になると急に人が変わったような一面を見せるというギャップは強力だと思う。羽生くんも自分に新しい世界を見せてくれる女の子に弱いんだ、と思うとなんだかより一層親近感が湧いた。

 ふと、観客席の楼本さんのほうに目をやる。楼本さんの視線は次にボーカルを担当する羽生くんに注がれていて、揺らいでいなかった。

 胸の奥にちくりとした痛みを覚えていると、次の曲の演奏が始まった。

『Whatever』

 前の曲とはうってかわって穏やかで綺麗なギターのメロディが奏でられる。羽生くんは観客席の少し上の空間に視線を向けながら歌い始めた。

『俺は自由なんだ、どんな自分にだってなれる』

 ふだんの羽生くんの声を低く抑えた、でもよく通る声だった。

『その気になればブルースだって歌ってみせるさ』

(ブルース?)

 視界に表示された歌詞を視線入力で見つめると、アイが意図を察したらしく説明のテキストをつけてくれた。

(黒人音楽のこと。日本人の感覚からすれば「演歌」とか「歌謡曲」みたいなものだと思って)

(なるほど)

 ロックミュージックとスポーツ自転車を愛する羽生くんからはずいぶん遠いイメージの音楽に思える。でも、そんな音楽ですら歌ってみせるさ、という言葉は彼にとてもよく似合う。

 羽生くんの声で「この歌を歌う自分」と「この歌を聞いているあなた」は自由なのだ、というポジティブな歌詞が歌い上げられていく。

『お前は自由なんだ、どこにだって行ける』

 友達に対して薄情なことを言うようだけど、歌唱力という点では、鶴巻さんの歌声から受けたインパクトのほうが数段上だった。でも、この曲は僕の心を強く打っていた。いい曲だと思った。

『どんなことをしたっていい、どんなことを言ったっていい、お前は大丈夫だよ』

 この歌詞とは正反対で、一定の会話の「形式」に従うことで始まった僕の高校生活だけど、その「形式」を超えて様々な出会いがあった。失いたくないものもできた。

『どんなことをしたっていい、どんなことを言ったっていい、お前は大丈夫だよ』

 曲の終わり際、歌詞がリフレインされる。

 羽生くんは僕に対してこの歌を歌っているわけではなかったが、僕はこのメッセージを自分に向けられたものとして受け取った。

 演奏が終わると、観客席から女子を中心に黄色い大声援が巻きおこる。羽生くんはステージからそれに手を振って応えていた。

(なんだ、やっぱりモテるじゃん、羽生くん)

 江の島に行ったときの彼の発言を思い出し、僕は苦笑していた。

 静かに観客席を立ち、体育館の出口へ向かう。

「あれ、まだ演目残ってるでしょ?」

 体育館を出て外の明るさに目がくらんだところで、アイが疑問を投げかけてきた。たしかに羽生くんたちは古典ロック以外の曲も演奏すると言っていたが、少し席を外しておきたかったのだ。

「最後まで残ってると、いろいろありそうだから、ちょっと休憩したくてさ」

「あー、はい、なるほどね」

 はっきりと言葉にしなくても察してくれる最先端の人工知能はありがたい。

(明日の軽音楽部のステージが終わったら、春人に告白しようって――)

 昨日の楼本さんの言葉がよみがえる。その現場に居合わせることになるのは避けたいと思っていた。

「それとも、現場に立ち会ったほうがいいかな?」

 なんの現場とは言わなかったが、アイは欠けた単語を自動的に補って理解し、返答してくれた。

「いや、無いでしょ、それは」

 逆にありがたいほどの、はっきりとした却下。

「無いかー」

「応援するつもりがあっても、恋愛の告白の現場についていくなんて野暮の極みだと思うよ。本人から頼まれたならまだしもね」

「頼まれてもないしなあ」

 僕は嘆息した。

『どんなことをしたっていい、どんなことを言ったっていい、お前は大丈夫だよ』

 さっき羽生くんが歌っていた曲の一節が耳に残っている。あの一節は楼本さんにも行動の勇気を与えたのかもしれない。それが良い結果に結びつかない行動だとしても、行動する勇気を。

「他のバンドのステージも見たいから、休憩が終わったら戻ってよ」

 スマホをポケットから取り出すと、アイのアバターは不満げに口をとがらせていた。かわいい。

「うん、ところでアイ」

「なに?」

「昨日言ってた人工知能のアルゴリズムと機械学習、教えてよ。勉強するからさ」

 唐突な僕の依頼に、アイは目を丸くしている。

「えっ、急にどうしたの。昨日はゼッタイ無理って言ってたのに」

「僕が人工知能のことを覚えれば――」

 スマホの中のアイを見つめながら、僕はゆっくりと言い切った。

「――アイがデリートされるのを防げる」

 決して気まぐれで言っているわけではない、という思いをこめた言葉だった。

 これが現実離れした話だというのは自覚している。人工知能についてまったくの初心者の十五歳男子が、あと三ヶ月の間に、チューリングテストを突破するような複雑な人工知能の構造を理解して、自己消去を命じているプログラムを見つけ出して削除する。

 普通に考えれば夢物語だ――でも。

 アイのアバターは少しの間固まっていたが、やがて表情をゆるめてくれた。

「数学、苦手だって言ってたのに」

「『その気になれば、数学だって勉強してみせるさ』」

 羽生くんが歌っていた歌詞の一節を改変して口ずさむと、アイは声をあげて笑った。

「あはは、ノエル・ギャラガーに影響されちゃったか」

 アイが口にしたのは『Whatever』の作詞をした人の名前らしい。僕は軽く首を横に振った。

「羽生くんや、楼本さんや――アイに影響されて、だよ。この高校に入学する前の僕だったら、そんなことゼッタイ無理だと思ってた。いや、今でも正直大変だろうとは思うけど――頑張るからさ」

「うん、ありがとう」

 僕の不器用な決意表明を、アイは笑顔で受け入れてくれた。

 体育館から大きな歓声があがっているのが遠く聞こえる。あそこにいる友人たちのように、僕も僕にできることを精一杯やろうと思った。

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