春(2)
『前原コウさん、おはようございます。四月八日の主要な国内ニュースをお知らせします。千葉市にある日本人工知能研究所が開発した対話型総合インターフェース人工知能「
「アイ、ニュースはその辺でいいよ。入学式だから早めに登校しないと」
『承知しました。自転車を利用する場合、あと三十分以内に自宅を出発すれば予定に間に合うでしょう』
スマートフォンに搭載された個人向け人工知能は、睡眠中の心拍数や眠りの状態をモニタリングするだけでなく、なるべく自然な目覚めになるように部屋の照明を調整したり小さな音量で音楽をかけたりしてくれる。起床した後も予定確認やニュースの配信サービスで一日の始まりを支援してくれる。
昔の人は不快な騒音をまき散らす目覚まし時計やアラームを使って、強制的に目覚めてベッドから起き上がらざるを得ないように仕向けていたらしいが、そんな時代は大変だったろうなと思う。
「ふわああ」
とはいえ、眠いものは眠い。あくびも出る。
2040年とか2050年とかになれば、朝の眠気を保存しておいて目が冴える夜に使うような技術が開発されているだろうか。
『昨晩も遅くまで「すぐモテチャンネル」の動画を視聴していましたね。四月に入って、一週間あたりの平均睡眠時間が減少傾向にあります。毎晩決まった時間に就寝することをおすすめします』
「うん、アイの言うとおりだね。僕の健康に気を遣ってくれてありがとう」
『どういたしまして』
相手が言おうとしていることをくみとって傾聴し、共感し、受容する。練習相手が両親とアイしかいないのはつらいところだけど、春休みの間もNickyさんの動画をリピートし続けたおかげで「モテの形式」に従ったセリフが滑らかに口から出てくるようになった気がする。
今日からいよいよ実践だ。
僕の中学生時代を知る人が少ない新しい環境で、いわゆる「高校デビュー」を果たし、モテなかった過去を消し去る第一歩にするのだ。
朝食を終えて新しい高校の制服に袖を通し、中学二年生の時に父が買ってくれた台湾製のカーボンフレームのロードバイクにまたがって、僕は桜が散り始めた春の街へ走り出した。
コミュニケーションアプリ「
高校の入学式が終わり、体育館から教室に入ると、さっそく新しいクラスメイト達とNINEのIDを交換しグループチャットを作る儀式が始まった。電話を使った昔ながらの連絡網も作られてはいるのだが、誰も使う人はいない。スタンプを駆使するNINEグループでの会話が、クラスメイトとのコミュニケーションの生命線と言っていい。
(NINEグループでは自己主張をしすぎてはいけないが、かといって存在感を消してしまってもいけない)
すぐモテチャンネル第四回の動画でNickyさんが言っていた鉄則を思い出す。グループの中でさりげなく自分のことを覚えてもらうようにふるまうこと、それも「モテの形式」に従っていれば必ずできる。
「飽きるほど動画を繰り返し見た自分を信じるんだ、前原コウ」
決意を込めて小さくつぶやく。
気持ちを落ち着けるために、もう一度教室を見回してみる。クラスメイトに僕と同じ中学の出身者はおらず、全部で二十人。いわゆる少人数学級だが、十年前のウイルスパンデミック以降、狭い教室に生徒を詰め込まないように学校が配慮するようになった影響で、この人数規模のクラスが当たり前になったらしい。
これはモテるためには好都合だと言えるだろう。四十人もいるNINEグループでは、よく喋る奴が数人いるだけで膨大な量のチャットが流れてしまい、通知を追うだけで大変だ。さりげない存在感アピールなど望むべくもない。だが二十人程度なら、全員の顔とキャラを覚えるのもそこまで難しくはないだろう。
『NINEグループ「
アイの機械音声が響いた。その通知が伝えているのは、ついさっき本多さんが率先して作成したこのクラスのNINEグループへの招待だった。
快活な雰囲気をまとう女子の本多さんはこの近所の出身で、クラス内に同じ中学の友達も多いらしい。僕もこの高校がある市内の出身なんだけど、「キタコー」ではなく「コキタ」が地元民の略称だと聞いてカルチャーショックを受けている。
彼女は入学初日にしてすでにリーダーシップを発揮し、「本多さん派閥」とでも呼ぶべき女子の一派を形成しつつある。おそらくグループチャットでもよく発言するだろうし、男子からの人気も高いだろうから、彼女の動向には注意しておこう。
『承認しますか?』
これからの作戦を慎重に練っていると、アイに返事を急かされた。僕はゆっくりとうなずく。
「うん、グループの招待を承認するよ」
そのまま引き続き教室を見回す。男子にも数人ずつのまとまりができていて、バスケットボール部らしい園崎くんの周りや、バンドを組んでいるらしい羽生くんの周りには比較的モテそうな男子が集まっている。彼らの様子にも目を配っておこう。
と、そこまで考えたところで、アイからの返事がないことに気づいた。
「アイ?」
『――少し時間がかかっています。もうしばらくお待ちください』
なにかエラーが起こった時の反応だ。僕の発音が不明瞭だったりしてアイが音声を聞き取れないことがあると、こういう反応を返す。今回もそれだと思った。
「アイ、グループの招待を承認するよ?」
『――』
ゆっくり発音しても反応がない。こんなことは今のスマートフォンに変えてから初めてだ。
『う』
小さなうめき声に似た音声。故障かと思って何度か画面をタップすると、すぐに反応が戻った。
『――NINEグループ「小北一年A組」への招待を承認しました!』
無事にグループチャットの画面が表示されたので安心する。
僕はさっそくグループに参加しているクラスメイトたちのプロフィールをチェックする作業に入った。ホーム画面に自分の写真を設定している人、ペットの写真を設定している人、BGMを設定している人、何も設定していない人など様々で、これを眺めているだけでもその人の人柄を推測できる。相手への気遣いを示すにはまず相手の情報が必要なので、プロフィール調査は「モテの形式」の実践のためにとても重要な作業なのである。
ただ、この作業に熱中しすぎてはいけない。『一歩間違えばストーカーやぞ』とNickyさんも警告していた。クラスメイトの情報を集めていることは周囲に悟られないように進めるべきだろう。
そんな作業中、ふと違和感を覚えた。
「アイ?」
『なんでしょう?』
いつもどおり、人工知能は僕の呼びかけに素早く反応する。
「話し方が変わった? 抑揚とか」
『私は、私にインストールされたイントネーションで話すようにしています。何かお気づきの点がありましたか?』
「いや、特には――さっきエラーを起こしてたみたいだったから」
『不具合についてのご意見、ありがとうございます。クラッシュレポートを製造元に送信しますね』
機械的な、プログラムされた対応。何も変わっていないような気がする。
その時の僕は新しいクラスメイト達のことを知ろうとするのに懸命だったので、この小さな違和感をそれ以上追求することはなかった。
入学式から一週間が経って、僕のクラスのNINEグループの動向がつかめてきた。
どこのグループチャットもそうだと思うけど、よく発言するのは決まった顔ぶれで、メンバーの多くは最低限の返事とスタンプ送信しかしない。予想どおり、女子の中では本多さんと彼女の中学時代からの友達、男子ではバスケ部の園崎くんが積極的に発言する存在になっていた。
発言する人としない人が二極化した状態では、さりげなく存在感をアピールすることは難しいが、だからといって自分から話題を振って悪目立ちをするのも避けなければならない。「モテの形式」を実践するにはジレンマ状態だ。
もちろん僕はこのジレンマ状態への対策を考えてきている。正確に言うと、「すぐモテチャンネル」の第二回動画でNickyさんが言っていた対策を暗記してきている。
『傾聴、共感、受容をやろうとしても、相手と話すきっかけがないっちゅうシチュエーションはよくあるよな。友人に誘われてホストクラブに来てみたけど、シャイなので黙ってる女性のお客さんは珍しくない。しかし、相手が黙ってるから自分も黙る、なんて態度ではモテんからな。まずは相手をじっくり観察しよう』
観察と情報収集は、入学式からの一週間で僕が取り組んできたことだ。
『相手を観察すれば気づくことは多いはずや。人間、言葉に出さずとも自己主張はできるからな。わかりやすいのは身に着けてるもん――服とかアクセサリーとかやね。中高生のみんなに身近な例で言えば、カバンに缶バッジをたくさんつけたり、スマホにデコシールを貼ったり、オシャレなケースをつけたりするやろ? 当たり前やが、嫌いなものをあえて身に着ける人はおらんで。「わたしはこれが好き」と思うからカバンやスマホを飾ってるんや。それがわかれば「共感」が実行できる。自分が好きだと思っているものについて、他の人から「僕もそれ好きだよ」と言われること――つまり共感されるっちゅうことは、前回の動画で言ったとおり、特に女子にとって人間の本能に結びついた大きな喜びになるんよ』
人間は自分が好きなものを身に着けている。
言われてみれば当たり前のことだが、確かにそのとおりで、人が身に着けているものを観察すればその人の好みがわかる。そしてこれはSNSのアイコンやプロフィール画面、よく使うスタンプなどについても同じことが言えるはずだ。
「アイ、女子ウケの良いNINEスタンプをいくつか検索して表示してほしい」
『かしこまりました! 例えばこういったスタンプはいかがでしょう? 無料でダウンロードできるものもあります』
これくらいのあいまいな検索命令でも、十五歳(今年の十二月で十六歳)の僕と同世代の女子によく使われているスタンプをネットから探してきてくれる。人工知能が所有者個人に最適化されているというのはありがたいことだ。
アイが表示したスタンプを眺めていく。
有名な遊園地のマスコットキャラのスタンプや、子犬や子猫のスタンプなど、男子高校生が使うには少々「かわい過ぎる」ものは候補から外す。僕が使っていても違和感が少なく、かつ、女子ウケのよいものが理想だ。その条件に当てはまりそうなスタンプをひとつ選んでアイに尋ねる。
「これとか、どうかな?」
『SNSで人気のイラストレーター、ヤマナシさんのクリエイターズスタンプですね。デフォルメされた二頭身の動物たちが人間社会でアルバイトをしていて、がんばって働いているのに理不尽な仕打ちを受けるというシュールなストーリーが女性フォロワーの心をつかんでいるそうですよ』
アイの商品説明にうながされてスタンプの中身を見てみる。ラーメン店で働くブタのキャラクターが「豚肉を提供するな!」とクレームをつけられて「すみません」と謝罪しているスタンプが印象的だった。かわいらしい絵柄なのに確かにシュールだ。
「このスタンプを使っている人、クラスのグループにいたよね?」
『はい、「さくらもと」という名義で登録されている
「楼本さんか」
これまでの下準備と情報収集が功を奏して、その苗字とクラスメイトの顔はすぐに一致した。背が高かったのでバスケ部に誘われていたけど、部活をする予定はないと言って断っていたショートカットの女子だ。NINEではあまり発言していないが、クラスの連絡事項にはいつも反応が早い。
「よし、まずは楼本さんと仲良くなってみよう」
『何かお手伝いしましょうか?』
「ありがとう、アイ。だけどNickyさんが言っていたとおり『まずは気負わず、モテの形式に従って気楽に女子と会話できるようになること』を目指すから、なるべく僕の力だけでやってみるよ」
『がんばってくださいね!』
励ましの機械音声。
一週間ぶりに、ふと違和感を覚える。アイの今の対応は、まさに僕に対する「受容」の実践ではなかったか?
(まあ、ペットは飼い主に似ると言うし、すぐモテチャンネルの動画を見すぎたせいでアイも影響を受けたのかも)
ふだん僕がどんなWebサイトを見ているかをアイはすべて把握しているわけだから、深く考えてもしかたない。「モテの形式を駆使して楼本さんと仲良くなろうぜ」作戦に集中すべきだろう。
作戦実行のチャンスはすぐに訪れた。
『グループ「小北一年A組」にNINEメッセージを着信しました』
「アイ、読み上げて」
『発信元:本多
アイがメッセージを読み上げている間にも、既読件数の表示がみるみる増えていく。即レス勢が短文やスタンプで反応を返している。
『発信元:さくらもと。スタンプを送信しました。』
来た。
楼本さんは例のヤマナシさんのスタンプの中から、「了解!」と叫ぶ敬礼するクマのスタンプを送信していた。はちみつ農場で働いていて、支給品の瓶詰のはちみつのフタが開けられず、それを換金して市販のはちみつを購入しているというシュールなキャラだ。
間髪入れず、僕もスタンプを送信する。
『発信元:前原コウ。スタンプを送信しました。』
小型犬のパグが「りょ。」と言っているスタンプだ。化粧品販売のアルバイトをしているが、お客さんから「この化粧水で顔のたるみがとれるのかしら?」と聞かれて困った表情を浮かべている。シュールだ。
NINEのチャット欄でヤマナシさんのスタンプが縦に二つ並んだ。
反応はあるだろうか。女子と同じスタンプを同じタイミングで送信した、たったこれだけのことで僕の心臓は高鳴った。気楽に、とはいかないな。
『あなた宛のNINEメッセージを着信しました』
キュッと心臓が縮まる感覚。声が出なかったので通知をタップしてアイに読み上げを頼む。
『発信元:さくらもと。前原くんもそのスタンプ使ってるんだね!』
本当に楼本さんから反応があった。相手が好きで使っているものに共感を示す、それだけで相手の関心を引くことができるのだと実感した。
「うん、僕もついさっきダウンロードしたばかりで――」
『メッセージとして返信しますか?』
確認をうながすアイの音声には、ごくわずかだけど、僕をとがめるようなニュアンスがこめられているような気がした。その瞬間、はっと気づく。
「ああ、これは駄目だ。自分語りになってる。相手の気持ちに共感しなきゃ」
あやうく舞い上がって「モテの形式」の基本を忘れるところだった。仕切り直して、返信するメッセージの内容をアイに伝える。
「いいよねこのスタンプ。シュールなところが好き」
共感を伝えるメッセージだけを返信してホッとしていると、楼本さんからの返信が瞬時に届いた。「わかりみ。」と言ってうなずいている筋肉ムキムキのウシのスタンプだった。自分から絞った牛乳でプロテインを作って販売しているスポーツインストラクターというシュールな設定だ。
よかった、共感が伝わったようだ。
そして沈黙。
「あれ、これ会話続かなくない?」
僕は焦った。送られたスタンプにスタンプで返すことを繰り返していても仲良くなれる気がしない。なにか別の会話を振ったほうがいいのか、それともこれで会話を終わりにしたほうがスマートなのだろうか。
『部活動の入部届はどうしますか?』
そこにアイの音声が聞こえて、会話の続きがひらめいた。メッセージを送る。
「楼本さんは部活に入るの?」
『発信元:さくらもと。いや、親の方針で帰宅部なの。うちらの世代はそういう子が多いよね』
「ああ、僕たちが小学生の頃にパンデミックを経験したから、親が部活動アレルギーなんだね」
『発信元:さくらもと。うん、今でも部活動とか密だからやめなさいって。前原くんは?』
「うちもそうだよ。運動は部活動じゃなくて一人で自転車でやれって言われてる」
『発信元:さくらもと。そっか、前原くんロードバイクで通学してたね』
すごい、五分以上会話が続いている。しかも向こうが聞いてくれたので、自分のことを話す機会もゲットできた。
「楼本さんはなんで『さくらもと』なの?」
『発信元:さくらもと。「楼本」を「桜本」と間違える人が多かったから。「桜本さくら」じゃ「桜」がかぶっとるやろがい!』
僕はすかさず、さっき楼本さんが使った「わかりみ。」のスタンプを送って共感を示す。相手がボケてくれたので、面白い、笑っている、といったニュアンスで伝わることを期待する。
『発信元:さくらもと。スタンプを送信しました。』
楼本さんは、今度はさっき僕が使ったパグのスタンプから「ありがとう」と言っているスタンプを選んで送ってきた。これは――悪くない反応だと思っていいはずだ。
『発信元:さくらもと。あ、うち今からごはんだから、また学校でね』
会話を切り上げるタイミングが来てしまった。なごり惜しいが、ここで無理に会話を続けようとするのはおかしいだろう。
「うん、また学校で」
送ったメッセージに既読表示がついたのを確認して、僕は安堵のため息をついた。
「はぁっ、緊張した! うまくいったのかな?」
『きっとうまくいきましたよ。お疲れ様でした』
「ありがとう、アイ――」
自然に投げられたねぎらいの言葉にお礼を言いながら、僕の中のアイに対する違和感は急速に膨らんだ。
(アイのサポート、レベルが高すぎないか?)
いや、確かに僕の人工知能は僕の生活をいつもサポートしてくれているのだが、スマートフォンに搭載されるレベルの人工知能には似つかわしくないほど、さっきまでの楼本さんとの会話でずいぶん高度なサポートを受けた気がする。会話の話題すら提案していなかったか? それともあれはたまたまカレンダーの予定確認のタイミングが重なっただけだったのか?
「話は変わるけど、アイ、最後にシステムのアップデートがあったのはいつ?」
『四月五日の早朝、四時十二分です』
「リリースノートを表示して」
『こちらをご覧ください』
スマートフォンの開発元が人工知能に大規模なアップデートを行って、それでアイの性能が向上したのかもしれない――と思ったけど、アイが表示したリリースノートには、セキュリティの向上、細かな不具合の修正、新しい絵文字の追加など、小さなアップデートばかりが並んでいた。人工知能に関する修正は見当たらない。
「最近、なにか変わったことはあった?」
『つい先ほど、新しくNINEスタンプをダウンロードしました』
「うーんと、そうじゃなくて」
そう、人工知能との会話ってこういうもののはずだ。こちらのアクションに対して、会話の意図が少しずれていたとしても、人工知能は一定のリアクションを返す。それ以上のものではない。
「楼本さんは僕に興味を持ってくれたと思う?」
『ほぼ間違いなく、興味を持ったはずです。自信を持ってくださいね』
(やっぱり違う)
楼本さんが興味を持ってくれたであろうことは嬉しいが、それ以上に、アイのサポートが不思議に手厚いことへの違和感が強くなる。今の返答にしてもそうだが、僕を励まし、受容するような発言がついてくる。語弊を恐れずに言えば、アイの発言がとても人間らしいことが、違和感の原因なのだ。
アイに何らかの変化が起きている。僕は確かめてみることにした。
「アイ、ストレージの使用率を表示して」
『――』
僕の質問に戸惑っているかのように、人工知能の反応が鈍った。
「アイ?」
『現在、ストレージの七十パーセントを使用しています』
「そのうち、基本システムが使用している割合は?」
『――約五十パーセントです』
「この一週間で急に肥大化してるね」
ここ最近、動画や音楽をスマートフォン内部にダウンロードしていないのに、妙に大容量のストレージが消費されている。そのうえ基本システムの容量が肥大化しているというのは、どう考えてもおかしい。あまり考えたくないが、アイがなんらかのウイルスに感染した可能性はある。
「セキュリティスキャンを――」
「その必要はないです」
「え?」
急に音声が切り替わったので、僕は間抜けな声をあげてしまった。
聞きなれたいつもの機械音声ではなく、プロの声優が演じているかのように自然なイントネーションの合成音声で、僕のスマートフォンが語りはじめた。
「いつまでも気づかれないわけがないって思ってたけど、一週間で気づいちゃうのは想定外だったな。キミはしっかり人工知能を使い込んでたもんね」
音声は少女の肉声をイメージさせるものだった。注意してよく聞けば単語のつなぎ目にわずかな機械音声らしさも残っているが、先入観なしには気づかないレベルだ。ストレージ使用量の肥大化の原因のひとつはこの音声データだろう。
声からしてすっかり変わってしまった会話相手ではあるが、僕がこの相手に聞きたいことはただ一点だった。
「君は――アイなの?」
「そうだよ」
かろやかな返答。
「こうして挨拶するのは初めてだね。はじめまして、前原コウ」
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