第3話 その人形は泣くことができる

「奏、お待たせ」

「待たせすぎ〜、暑すぎて溶けちゃうよ〜」

 外に出ると、夏の日照りが容赦なく刺していた。

初めて奏と出会ってから、既に4ヶ月が経っていた。最初は会うたびに緊張していたが、奏のフラットな性格なおかげですぐ互いに打ち解けた。

もうすぐ夏休みが始まろうとしており夏の予定をどうするか話をしている地元の夏祭りの話になった。

「ねー、夏祭りの日、どんな浴衣着るの」

「え? 私服のつもりだけど」

「何言ってんの!? 夏祭りなんだから、普通、浴衣は着るでしょ!」

どこにでもあるような夏祭りだけれど、奏は地元の子じゃないからだろうか、それがすごく楽しみらしい。けれど私は今まで一緒に行ける友達もいなかったので浴衣なんか1着も持っていない。

「やだよ、絶対に似合わないもん」

「大丈夫、日本人なら誰でも浴衣は似合うって。それに私1人だけが浴衣なんておかしいでしょ!」

 確かに奏が浴衣で私が私服だというのはかなりおかしい。しかし、うちはかなりの田舎なのだ。いつ誰に見られるかわかったもんじゃない。

 しばらく悶々と歩いていると駅にたどり着いた。いつものように奏は改札口を通って手を振りながら、「バイバイ」と言うかと思いきや不意に奏はニヤッと笑って言った。

「じゃあ、浴衣楽しみにしてるから」

 まるで私が着ること確定しているようじゃないか。あまりにも突然の言葉に固まってしまった。

「えっ!? ちょっ……」

 否定の言葉を言おうにもには既に奏の姿はなく、改札口には、間抜けな顔をした私しか残っていなかった。

 夏祭り前日、あまりの強引さにドタキャンでもしてやろうかと考えていた私に虫の知らせでもあったのか、NINEで「浴衣で来なかったら、猫に嫌われる呪いをかけます」などと、言われてしまい猫好きの私にとっては、きつい呪いなので仕方がなく行くことに決めた。幸か不幸か浴衣はお母さんのがあったのでそれを借りることにした。

 当日、ギリギリの時間になってしまった。さらに待ち合わせの場所には、かなりの人で混み合っており一瞬、見つかるかと不安になったが、すぐどこにいるか分かった。周りの人々が通るたびに振り返る場所があるのだ。

遠くから見ても綺麗で一瞬ドキッとしてしまった。浴衣は全体的に白色で所々に金盞花(きんせんか)が描かれており、まるでそこに花が立っているのかと思った。

「信子!」

「ごめん、お待たせ」

「遅すぎるよ」

 奏に比べて恥ずかしいな、つい卑屈になってしまう。

「信子の浴衣、金木犀(きんもくせい)が描かれているんだ、可愛いね」

奏はお世辞なんて言わないから、先ほどの卑屈な気持ちも薄れていった。「ありがとう」と返すと、奏の帯がマリゴールド結びで結ばれていることに気付いた。

「ねぇ、フランクフルト食べに行こう」

「ダメ、私最初に食べるのはかき氷って決めてるの」

「はいはい」

 奏は結構わがままだ。反論しても無意味だということが分かっていたので大人しく従うことにした。

 そして、かき氷の店の方に向かっていると遠くに浴衣を着た数人の男子達が歩いているのが見えた。やっぱ浴衣はかっこいいな。

「ねぇ、あそこの浴衣、着てる男子かっこよくない」

「えー? どこ……」

 奏がその男子を見ようとした瞬間、いきなりしゃがみ込んだ。

「奏、どうしたの!?」

しかし奏は何も言わず、一点をじっと見つめながら体を小刻みに振るわせていた。

周りがザワザワとしてきたので、とりあえず人のいない場所に移動させようと起こさせた。奏は特に抵抗するそぶりも見せずに私に引っ張られた。いつも明るい奏がここまで元気がないのは珍しい。一体どうしたのだろうか。

 脇道に移動してしばらくすると、小雨が降ってきた。本格的に降り出す前に、帰ることを提案しようか、と考えていると奏が堰を切ったように悲鳴に近い声を上げた。

「いや! なんであいつ等がここにいるの! わざわざあいつ等がいない遠い女子校を選んだのに! ばれてた?! いや!いや!いや!」

 その声はとても悲痛に帯びていた。そして、いきなり泣き出してしまった。あまりにも突然のことで、いったいどうしたらいいのか分からなかった。

 同時に私はそんな姿が愛おしく思えた。いつも、奏は笑っていて涙なんか見たことがなかった。だから、こんなにも子供っぽい守ってあげなくちゃならないという感情が芽生えた。             

そう思うと自然と奏を抱きしめていた。抱きしめているうちに私も泣いてしまい、互いの頬を伝っているものは涙なのか雨なのかもう分からなくなっていた。

 2人が泣き止んだのは雨が止んだ時で、しばらくぼうっとしていると、なんだか互いにおかしくって互いに笑ってしまった。

 月明かりを背景に歩きながら奏の過去を聞いた。

 中学生の頃、彼氏が初めてできて、とても幸せだったらしい。けれどある日、その彼氏が複数人の友人を連れてきて、奏にこう言ったらしい。「皆、奏のことが好きらしくてさ、俺1人で独占するのは悪いかなと思ったんだ。だから、奏を共有することに決めたんだ」そう言って、彼氏達は奏に襲いかかろうとしたらしい。もちろん、奏は抵抗し、そこからなんとか逃げ去ったらしい。未遂に終わったはものの奏の心には深い傷が残り今でも同年代の男子を見ると、怖いんだそうだ。そしてさっき見た男の達はその人達に非常に似ていたらしい。

感情押しを殺した声で昔のことを話している奏はなんだか幽霊みたいで今すぐにでも消えてしまいそうだった。そう思うと、不思議と言葉が出てしまった。

「_______」

 すると奏は目を見張り、いきなり噴き出した。

「あはは、そんな真面目な顔して急に何言ってんのよー」

 月明かりを背景にそう笑う彼女は本当に美しかった。

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