第4話

 ホーリーの案内について行きながら、改めて屋敷の庭を見渡す。辺りは様々な植物が咲き誇っている。花の甘い匂いや草の日向のような匂いなどがして、まるで庭が妖精界のようだ。

 屋敷から迷いなく、ホーリーは森の方へ目指して歩いていく。歩きながらもプリンティーの姿やポインセチアがないか、道中の茂みも隈無く探す。

 森に入る手前でどこからともなく、コニーが姿を現した。

〈セチア、見っけ!〉

「コニー。どうだった?」

〈いなかったー。赤いのも見かけたことないって〉

「そう、ありがとうね。ホーリー、やはり森の中を手分けして、探すしかないみたい」

「そうですね」

 丁度そのとき、ライヒも現れた。

〈セチアー、なんか森の奥の方に不自然な空間があるって。そこだけ何か歪んでるんだって〉

「ライヒ! それ、ほんと?」

〈うん、長老が言ってた〉

「長老って?」

「もしかして、樹齢五百年の木のことではないでしょうか?」

 ライヒの言葉に、ホーリーが反応する。そんな木があるとは初耳だった。ホーリーが道や目印が書かれた紙をポケットから取り出した。

「ホーリー、それは?」

「これは俺が作った、この森の地図です。確かこの森の中心に一本の大樹があるんです。代々伯爵家と共にある木らしくて」

「そこに行ってみれば、何か他にも手がかりがあるかもしれないわね」

「ですね、行きましょう! こっちです」

 地図を手に、ホーリーが先頭になって歩き出す。コニーとライヒも宙を舞いながら、ついてくる。

 森に入ってからだいぶ時間が経ち、太陽が沈み始めて辺りが暗くなってきた。

「もう少しです」

 ホーリーの言葉を聞きながら、茂みに目を凝らす。すると、急に道が広くなり、目の前に大きな大樹が現れた。

「あれです。樹齢五百年の」

「わぁ、とっても大きい……」

 それは息を飲むほどに大きく、どこか神々しい雰囲気の大樹だった。ライヒが嬉しそうに大樹の幹にしがみつく。

 その時、ふとどこからか花の香りがした。

(何だろう、この匂い……)

 セチアは鼻をひくつかせ、匂いを頼りに大樹の方へ近寄る。

「セチアさん?」

 ホーリーの声が何故か遠くから聞こえた。

〈セチア、待ってー〉

 コニーがセチアの髪にしがみついた時だった。突然目の前の景色が変わった。辺り一面に赤やピンク色の光景が広がっている。

「綺麗……!」

 よく見ると、それらは色々な種類の花々だった。しかも見たことのない花ばかりで、沢山咲いている。思わず見とれていると、何処からともなく声がした。

〈私の庭園に踏み入る者は誰だ〉

 その声には少し怒気が含まれている。セチアはすぐにスカートの裾を摘まみ、深々と腰を曲げて挨拶をした。

「は、初めまして。私はセチアと言います。シクラーム伯爵の代わりに、あなた様に会いに来ました」

 セチアは直感した。恐らく、この声の主こそ自分達の探し求めていたモノではないかと。

 状況から考えるに今、セチアは妖精界に入り込んでしまったのだろう。

〈ふん。シクラーム家の者が何の用だ。ここは、そなたらが来るような所ではない。どうやって来た?〉

「無断で立ち入ってしまい、申し訳ございません。気付いたら、この素敵な空間に迷い込んでしまっていました」

 セチアは怖がることなく、毅然と声がする空中へ顔を向ける。相手の姿は見えず、どこにいるのか分からない。だが、声だけは辺りに響き渡っていた。

 しばらくの沈黙のあと、また声がする。

〈何が知りたいのだ〉

 心を読まれている。相手に嘘は通じない。

 そう思ったセチアは、素直に答えた。

「ホワイトポインセチアが何処にあるか、ご存じないでしょうか」

〈ほう、何故それを探している?〉

 相手は少し興味を持ったのか、声色が変わった。セチアは、何かを聞き出せるかもしれないと思い、話し始める。

「私の大切な人が赤いポインセチアを紅茶に煎じて飲んでしまい、姿が変わってしまったのです」

 また、しばらく沈黙になる。

〈ほう。それで、ホワイトポインセチアを探していると。そなたは、ホワイトポインセチアが何をもたらすのか、知っているのか?〉

「相手の幸福を祈る花ですよね?解毒剤としても、とても貴重な花だと」

 セチアが答えると、空が急に明るくなる。コニーがぎゅっとセチアの首に抱きついた。あまりの明るさにセチアも目を瞑る。光がだんだんと弱まり、目を再び開けると現れたのは、小さい透明な羽が生えた少女だった。コニーと同じくらいの大きさだ。

 彼女の手には、ホワイトポインセチアが握られている。

〈そなたにとって、その大切な人は幸福を願うほどの相手か?〉

「はい」

 セチアは、何の迷いもなく即答した。その姿に、相手は少し驚いた表情をする。

「彼は、どんな時でも私を探し出してくれて、温かい心で受け入れてくれるのです。そんな彼に、私は幸せでいてほしいといつも願っています。……いや、私が幸せにしたいと思っています」

〈そうか。そんなに大事な人なのか〉

「ええ。私にとってかけがえのない人です」

〈コニーもっ! アル、大事!!〉

 それまで黙っていたコニーも口を挟み、少女の周りを飛び回る。また花を降らせている。その姿を優しい眼差しで彼女は見つめ、やがてセチアに目を向けた。

〈気に入った。そんなに真っ直ぐな愛を持っている者に会うのは久々だ〉

 少女は笑い、手にしていたホワイトポインセチアを宙に投げる。すぐに、コニーがそれを受け止めた。

〈セチア、と言ったか。そなたにも幸あれ〉

 彼女が手を振り上げると、再び目が開けられなくなるほど辺りが眩しくなる。そして、セチアは意識が遠のくを感じながら、目を閉じた。



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