番外編 たくさん話しましょう


「そろそろダフネとクイヤールさまのお二人にお話を聞くことにしましょうか。クイヤールさまから一言どうぞ」


「お手柔らかにお願いいたしますよ、義姉上も義兄上も」


「それはちょっと自信ないなぁ、義弟おとうと君よ」


「……ジュリエン・クイヤールです。近衛騎士として王宮に勤めています。先日こちらのダフネと結婚してラブラブ新婚真っ只中です。新居はここダフネの実家も俺の実家も近い所に構えました。厨房だけはやはりダフネのこだわりで大きく広く改装、オーブンも何と特注です。使用人は雇っていますが、もちろん料理はダフネの担当で、俺は毎日愛妻の料理が食べられて幸せです」


「コイツもこの作品で初登場とお思いの方も多いでしょうが、実は前作『オ・ラシーヌ』にちょっとだけ登場していたのですよね」


「えっ、そうだったのジュリエン?」


 皆がジュリエンの方を向く。


「僕視点で書かれたフランソワ編で、飲み代を立て替えてもらったジュリエンに金を返すために僕が東宮の騎士団を訪ねて行った時でした。丁度稽古中の彼を見て、キャーキャー騒ぐ女共の一人が『ジュリエンさま素敵ぃ……あの逞しい胸板や腹筋を見ていると濡れちゃうぅ』なんて言っていたのです」


 女性三人とクリスチャンの視線はそこで冷ややかなものになった。


「ちょ、ちょっとフランソワ、何でそんな必要ないこと言うんだよ! ってか、俺はいつも真面目に稽古しているだけだぞ!」


「だって面白いから」


 こんなことを言っているフランソワだが、クロエがマッチョ好きらしいと知るなり、必死で体を鍛えていたことはこの場に居る面々にはバレていないようである。しかも近衛騎士であるジュリエンに頭を下げて鍛錬に協力してもらうのはプライドが許さなかったからか、公爵家の馬丁リシャール氏に頼んだのである。


「落ち着きなさいよ、ジュリエン。大体王宮騎士でも特に近衛騎士なんて女性にもてて騒がれてなんぼの職業でしょ」


「ダフネの達観度もなかなかのものですわね。それでも分かりますわ、その気持ち。毎年騎士道大会ではそれはもう女性たちの応援の声が会場をつんざいて異様な雰囲気のですものね」


「では、モテるのは男性騎士の甲斐性とおっしゃるダフネさん、自己紹介など一言お願いします」


 フランソワの言葉には棘があり、ジュリエンに睨まれている。


「はい。ダフネ……クイヤールです。短い間に何度も苗字が変わったため、正直クイヤール姓にまだ慣れていません。何となく自分を名実ともに変えてみたかったので、母が再婚した時、私もクリスチャンのゴティエ姓を名乗ることに迷いはありませんでした。それにこんなに早く結婚して再び改姓するとは思ってもいなかったものですから」


「これからはもう一生クイヤール姓のままだからな、ダフネ。それにしても彼女が御義母上の再婚でゴティエ姓に変えたお陰で俺はしなくてもいい遠回りをする羽目になったよね。今となっては懐かしい思い出だけど」


「そうなのです。以前クイヤール家に勤めていた時は厨房でマドレーヌと呼ばれていました。そして苗字まで何故かミュニエールと料理長のポールさんは間違って覚えていたのですね」


「そうそう。だから俺は存在もしないマドレーヌ・ミュニエールを求めて彷徨さまよっていたんだよな。その上、執事に住所変更を届ける前にダフネはうちを退職、次はバ・ラシーヌのあの借家に住むダフネ・ジルベールを東奔西走して探していた」


「そんなことは露知らず、ティユール通り二十五番地に住むダフネ・ゴティエは王宮で料理人として働いていました」


「それでも俺が数々の難関を乗り越えてダフネを見つけ、遂に気持ちが通じ合ってからは、交際も順調でした」


「こいつ、見た目や発言は超軽そうで薄情に見えるけども、実は真面目で正義感も強かったりします。それに、こつこつと地味な鍛錬も欠かさず、騎士の仕事ぶりにも定評があるそうです」


「義兄上もたまには真実をおっしゃいます」


「たまには、ってどういうことだよ! それに先程から気になっていたけれど、義兄上と呼ぶのはやめろ、ジュリエン。同い年だろ」


「じゃあ俺を義弟おとうと君と呼ぶのもやめろよな。でもダフネがお前をお義兄さまと呼ぶのはオッケーなんだ?」


「だって僕、妹居ないからそう呼ばれると萌えるんだもん」


「はぁ?」


 そこで一同笑いに包まれている。


「とにかく、ジュリエンの生態についてはお義兄さまのおっしゃる通りなのです。私がクイヤール家に勤めていた頃も彼は毎朝一人で鍛錬をしていました。それに彼は曲がったことが大嫌いですね」


「ダフネ、流石俺の愛妻だ、良く分かっているじゃないか」


「私との関係も、最初はただの遊びだと思っていました。食欲と性欲を同時に満たせる都合の良い女だったのですよね、私は」


 ジュリエンは再びクリスチャン他、家族皆の意味ありげな視線に晒されている。


「いえ、それは、その……ですから、えっと……ダフネさんに胃袋からアソコ、そして心に至るまでシッカリガッチリと掴まれてしまいまして……」


 しどろもどろになっていくジュリエンだった。


「とにかく、今から考えると彼の方が主従関係を越えてもっと踏み込んだ関係に進みたがっていたのです」


「うん。あの頃の俺はお前の立場も気持ちも考えずに甘えきっていたよな」


「それでも、貴方は本名も居場所も分からなかった私を苦心の末に見つけてくれたわ。貴方があんな形でまた私に会いに来てくれて、そして正式に交際を始められるなんて思ってもいませんでした」


「クロエと私という時間差二段最強防御壁も越えていきましたしね」


 その場の皆が苦笑している。


「……全くその通りでございます。それに、ダフネさんに愛想を尽かされていなくてホッとしましたし、遠距離恋愛になっても彼女は私を信用して耐えてくれました」


「遠距離が辛かったのはお互い様よね。それでも、両想いだと分かっていたから乗り越えられました」


「ペンクール遠征を勢いで引き受けてしまった愚かな俺も、かの地では色々学ぶことも多かった。今となっては良い人生経験が出来たと思っている。ダフネには寂しい思いばかりさせたけれど、遠距離恋愛でお互いの愛をより一層燃え上がらせることもできた。そしてついこの間めでたくゴールイン、改めて今の幸せを噛みしめているよ、ダフネ」


「ジュリエン……」


「はいはいそこ、二人だけの世界に入り込まないでくださーい」


 ラブラブなムードもそう長くは続けられるはずはなかった。


「さて、この物語にはあの問題作『淑女と紳士の心得』が出てきませんでしたね。シリーズ作でも珍しい方に入ります。私自身はあの本にとてもお世話になったのですけれども……知識としては習得していましたが、どうも実技の方はさっぱりでしたから」


「ぶはっ、クロエさんって真剣な顔して時々面白いこと言うよね」


「本人はウケを狙っているわけでもなんでもなくて、本当に大真面目に言っているのよ」


 そこでフランソワとダフネは笑いを堪えきれないようだった。


「私たちはもういい歳ですから、今更そんな本に頼る必要はないとも言えますね。いざと言う時には私がキャロリンを優しく、そして情熱的に導きますし」


「そうそう、筋金入りのセカンドバージンだったお母さまはクリスチャンに全てお任せでいいのですものねぇ」


「な、何を……ねえ、こんな話題やめましょうよ……」


「あの、せかんどばぁじんって何ですか?」


「お姉さま、それは後でお義兄さまにお聞きになって下さい。さて、マセていた私はその本を姉よりも先に読破して知識だけはありました。ですから私の話の方でも本の出番はありませんでしたわ」


「確かにね。ダフネは最初から俺に対して超積極的だったし」


「何なに? その辺りもっと詳しく聞きたいところだね」


「私は聞きたくありませんよ」


「ですから、昼間からこんな話題やめませんか?」


「そう言われてみればそうでした。たとえクロエが意味の分からない俗語ばかりの会話だとしても胎教に良くないね」


「お前なぁ……だったら最初から興味示すんじゃねぇよ」


「そろそろお開きにしましょうか?」


「クロエ、体を大事にしなさいね。お産の前にまた会う機会はあるかしら」


「ええ、きっとあると思いますわ。私も再来週から産休に入りますし」


「御義母上も皆さんもいつでも屋敷にいらして下さい」


「そうね、これから産前産後にかけては身軽な私たちの方から会いに行くのが良いですわね」


「私も沢山差し入れを持って行きますわ。公爵夫人のお姉さまもたまには庶民の味も懐かしくなるでしょうし」


 お開きと言ってもこうして話は尽きないのだった。




***ひとこと***

賑やかな座談会で締めくくりです。最後まで読んで下さってありがとうございました。


たくさん話しましょう マネッチア

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