番外編

番外編 楽しいおしゃべり

― 王国歴1121年 夏


― サンレオナール王都 ティユール通りの一軒家




 ここはキャロリンとクリスチャンの愛の巣、ティユール通りの家である。昼下がりに一台の馬車が家の前に到着した。馬車から下りたのは身重の女性とその夫と見られる男性だった。それとほぼ同時にもう一組の若い男女が徒歩でその家を訪れた。


「皆さんいらっしゃい」


 家の主人、クリスチャンがその二組の夫婦を出迎えている。


「まあ、こうして皆で集まるのはダフネの結婚式以来ですわね。今日は気候もいいので、外のテラスでお茶にしましょうか」


「賛成ですわ。お姉さまたちは庭から回って先にお座りになっていて下さい。私はお茶の準備をして、この焼き菓子を切って持って行きますから」


「俺も手伝うよ、ダフネ」


「じゃあ遠慮なく。クロエ、足元に気を付けて」


 しばらくして三組の夫婦が家の裏にあるテラスのテーブルに着席した。最初に口を開いたのはフランソワである。


「さて、今日はなんとシリーズ作初の合同座談会を開くことになりました。そもそもこの話は二部形式で最初は御義母上が主人公で、第二部はダフネという新しい取り組みでした」


「聞き役は私とフランソワが務めさせていただきます。お話を聞かせてもらうのは二組の夫婦ですから、総勢六名の座談会となります。シリーズ作でも人数最多ではないのでしょうか?」


「座談会で聞き手が二人、聞かれ役が三人という他に例を見ない『ポワリエ侯爵家のお家騒動』という作品もありましたが、その記録を上回る大人数ですね。この話は主人公カップルが二組居るので当然と言えば当然です」


「クリスチャンったら、まるで貴方が聞き役みたいね」


「だって、キャロリン。私は男性最年長として、一家の父親としての責任がありますから」


「では、最初はゴティエさんですね。自己紹介がてら一言お願いいたします」


 フランソワもジュリエンも義理の父親に当たるクリスチャンのことはゴティエさんと呼ぶのが定着しているのだった。


「クリスチャン・ゴティエです。前作『オ・ラシーヌ』の座談会でキャロリンの相手役として存在をほのめかされていた私は、この作品で初登場でした。最初から最後まで全くぶれることなく、キャロリン一筋の誠実で優しいキャラを通しました。本編中では上司の元で働いていた私も、今は事業を全て継ぎ、小さいながらも事務所を仕切って営んでおります」


「確かに、クリスチャンのような、女性主人公オンリーでお行儀の良い男性主人公は久しぶりですわね」


 そのクロエの言葉にキャロリンは焦って顔が赤くなっている。ダフネは隣のジュリエンを意味ありげに肘でつつき、その彼は自分に話題が振られないか、ドギマギしている様子だった。


「な、クロエ、何を言い出すかと思ったら」


「やはり『細腕領地復興記』のステファンさんが一番お行儀の良い男性主人公という不動の地位にいるのは今でも変わりません。彼に続くのが『この世界の何処かに』のクロード氏、『開かぬ蕾に積もる雪』のアントワーヌさん、『忍び愛づる姫君』のダンジュさんですね。時代が下るにつれて貞操観念も変わり、婚前交渉も段々と容認にされてきます。ですから最近はあまりこのタイプの主人公は出てきませんでした。それでも『樹静かならんと欲すれど』のケンさんもクリスチャンと同じようにきちんと順序を踏まえ、正式に交際を始めてから次に進んだという意味ではお行儀が良いと言えるでしょう」


「悪かったね、行儀が悪くて。だいたい僕の高祖父の話は百年前のことだよ」


「ですから、今の時代でクリスチャンのように少しずつ愛を温めていく交際の仕方は貴重だと申しているのです、フランソワ」


「クロエ、僕自身はゆっくりと君との仲を深めようと思っていたのに、君の方から……」


「なになにー? 聞き捨てならんな、その辺り詳しく聞かせてもらおうか、義兄上よ」


 後ろめたさからか、沈黙を貫いていたジュリエンもここになって口を挟む。


「ですから、今日は私たちの話をする場ではございませんわ、クイヤールさま」


 クロエは即ジュリエンを一瞥し、黙らせるのだった。


「要するに義母上は年下男子に熱烈に愛される女性主人公でした。同じく一言お願いいたします」


「はい。キャロリン・ゴティエでございます。前作『オ・ラシーヌ』ではただクロエの母というだけで名前も付けられていませんでした。今作では何と主役に抜擢という栄誉を頂き、素晴らしい出会いにも恵まれて、幸せですわ」


「実はお母さまの恋は私たちとほぼ同時進行だったのですよね」


「そうでした。義母上とゴティエさんが出会った時は、クロエが巻き込まれたある事件直後だったのですよね。ゴティエさんと一緒にこの家を見に行く予定の日はクロエと僕が……えっと、クロエが熱を出して寝込んだ時で……」


「と、とにかく、お母さまと私たちの二組は同時期に交際を開始したのです」


 何か言い淀んでいるフランソワの言葉をクロエが引き継いでいる。ダフネは何でも知っているのよと言いたげなニヤニヤ笑いをしながら口を開いた。


「次から次へと騒動が起こっていたお姉さまたちとは対照的でしたわね。お母さまとクリスチャンの交際は順調で出会って一年で籍を入れるというスピード婚でした。しかもクリスチャンは要所要所で女心をくすぐる演出をしていて、私も出来る限り手助けをさせていただきました」


「二人の娘の理解と協力があってこそ、私はキャロリンに求愛できたのです」


 クリスチャンは隣に座る愛妻キャロリンの顔を覗き込み、しっかりと彼女の手を握った。


「まだ事務所の所有だったこの家に、お母さまとの逢い引きのためだけに、クリスチャンが色々な……ものを運び込んでいたのには私も驚きましたわ。しかもしかも、プロポーズはサプライズでしたから、念には念を入れて、お母さまに目隠しまでしてこの家の前に連れて来たのですよね」


「「えぇっ」」


 驚いてハモっているのはフランソワとジュリエンだった。


「ダ、ダフネ……」


 焦っている母親を見て、流石のダフネもクリスチャンが具体的に何をしたかは暴露しなかった。クリスチャンは初デートのために長椅子、プロポーズ後の一夜のためにはマットレスを運び込んでいたのである。その他、花や食事、キャロリンの着替えと彼の段取りに抜かりはなかった。


「けれどクリスチャンのそういうところが乙女心を大いに掴むのですよね」


「ええ、これもキャロリンを愛するが故ですよ」


「誰かさんにも見習ってほしい所ですわ」


「耳が痛いです。それでもその目隠しっていうのは良い案ですね」


「どういう意味で良いと思っているのか、後でゆっくりと聞かせてもらいましょうか、ジュリエン」


 どうせ貴方のことだから目隠しエプロンプレイでも思い付いたのでしょ、という視線をダフネは夫に向けている。


「ああ、二人っきりになってからな、ダフネ」


「そこ、夫婦二人で目線だけで会話しなーい!」


 そんな夫婦のやり取りを見た一同はジュリエンをひとしきり揶揄からかった。その後、キャロリンがおもむろに口を開く。


「それにしても人生何が起こるか分からないものですわね。こうして娘二人が幸せな結婚をして、私自身も素敵なお相手に恵まれ、小さいながらも居心地の良いお城に住めるなんて。王都に出てきた頃は思ってもいませんでしたわ」


「それは私も同じです。ダフネも私もそれぞれが結婚してこうして実家に時々顔を出して家族六人で集まれるなんて、少し前までは想像も出来ませんでした」


「この秋にはもう一人増える予定だしね」


 フランソワがクロエの大きなお腹を優しく撫でながらそう言った。


「楽しみね、クロエ」


「私も楽しみです。既に誰にも負けないジジバカになる自信がありますからね」


「子供にクリスチャンのことをお祖父さまと呼ばせてもよろしいのですか?」


「もちろんですよ。キャロリンがお祖母さまなら私はお祖父さまに決まっているでしょう」


「クリスチャンったらもう……」


「ダフネェ、俺達も早く子供に恵まれるといいなぁ」


 ジュリエンがそう言って愛妻の腰に腕を回して抱き締めている。


「そうなのです。ジュリエンって家庭に収まるタイプだとは思っていなかったのですけれど、実は彼の方が早く子供を欲しがっているのです。でも、もし女の子を授かってもマドレーヌは嫌よ!」


「それは分かっているって」


「相変わらずですね、貴方たちは」




***ひとこと***

座談会、まずはキャロリン・クリスチャン組からでした。次回はもちろん、もう一組の夫婦の番です。


楽しいおしゃべり ベルフラワー

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