第7話「決意の日」

「なにができるかじゃねーよ。眼鏡ちゃん、お前がなにがしたいかだぜ?」


 いつものように私は雪さんに相談していた。


「……なにがしたいか、ですか?」

「その通り」


「……ところで私、眼鏡とっても、眼鏡ちゃんなんですね」

「その通り」

「……まぁ、いいですけどね」

「その通り」


「適当に相づちうたないで下さいよ!」


 いつもながら、相談する相手を間違えている気がするな……。


「実際、どうしたいんだよ。眼鏡ちゃんは」

「……どうしたいっていっても」

「もっといえば眼鏡ちゃんがどう思っているかだぜ。想いは思い、行動につながるんだからな。答えは常に眼鏡ちゃんの中にあるのさ」


 私がどう想っているか……。


 体育館裏での湊くんと女の子のやり取りを思い出す。

 自分の気持ち。

 私は胸の前で自分の手の平を見る。


 小さな手でなにもつかめそうにはなさそうだ。

 自分の非力さがありありと出ていた。

 でも、そんな自分のことなんて関係なくて、私には一つだけはっきりとしていた。


「……私、やっぱり湊くんのことが好きです」


 私は湊くんの、あの女の子を断った姿を見てもそれは消えてしまわない。どれだけ自分が弱い人間でもその気持ちはもう否定できないのだ。


「湊くんがたとえ誰をどれだけ好きだったとしても、私の気持ちは変わらないです」


 どれだけ彼女を想って、がんばってきたかはいつも見ていた私はよく知っていた。


「だって、そんなところを含めて、私は湊くんが好きだから」


 自分のいいと思ったものをいいと想い続けるそんな人だから、私は眼鏡をとって、自分の素顔さらすことだってできた。こんなにも弱く情けない自分の中に少しでも勇気をもつことができたのだ。だって湊くんに嘘はないから。


「告白します」


 私の言葉に雪さんが肩を震わす。


「女の子を見ていて、分かったんです。あんなかわいい子でも振られることがあって、それでもがんばってて。無理だったけど、あれだけ湊くんに踏み込めたから、湊くんの言葉を聞けたんだって」


 胸の前にある手の指をゆっくりと折り曲げる。


「私、がんばってみます。うまくはいかないだろうけど。彼女さんにはかなわないだろうけど、それでも伝えないと、何も変わらないから」


 小さな拳、本当に小さな拳だけど、でも、だけどきっとできることはある。


「私あきらめたくないんです。湊くんには迷惑かもしれないけど、私湊くんの力になりたいです。側にいたいし、側にいてあげたい、だって湊くんのことが好きだから」


「コングラッチュレーション!!」


 高架を走る電車の通過音なんか脇に押しやるくらいの大声で雪さんは叫んだ。


「すばらしい! グレートだ! よくいった! 私は全力で力になるぜ!」


 私、握りこんだ手を驚いて開いてしまった。

 なんて声を出すんだろう、この人は。


「告白しよう! そう! 今すぐにでも!」

「ちょっ、ちょっと待ってください! 雪さん! 落ち着いて!」


 今まさに走り出さんとする雪さんに私はしがみつく。


「これが落ち着いてなんかいられるか! 眼鏡ちゃんがようやく奮起したってのに!」

「今は湊くんには会えないんです! 面会謝絶になっているんです!」


 湊くんは保健室に運び込まれてから、病院に担ぎ込まれ、しばらく誰とも会えないようにとり扱われていた。強いストレスがかかっている為、人と会うことを禁じられているのだ。


「だから、私、退院するまでは待たないと」

「駄目だね」

「駄目だってどうしようもないじゃないですか! 無理ですよ! 今は!」

「どうしようもない? 無理? ふふん、いいやがったな?」


 そういうと、するりと私の腕から抜け出て、どこから取り出したのか名刺を私にかざした。


 そこには雪さんの名前と職業が横に一つ。


「解決屋?」

「そう、私の仕事だぜ! ニートでも、フリーターでもねー。か・い・け・つ・や・だ。巷でいわれる無理難題、未解決事件、古今東西なんでもござれだ。恋愛相談、学校での孤立、それこそ怪談でも、だ! この私が解決してやるのさ。まぁ、私が気に入ったものだけだけどな」


「……へぇー」

「信じてねー! その半眼は眼鏡ちゃんの純粋な目じゃねー。お姉ぇーさんちょっとへこむわ……」

「だって、あんまりにも突飛すぎる……」

「だからいいのさ」


 ぎらりと瞳を輝かせ雪さんは不適に笑う。


「誰も信じねーようなどうしようもないことのほうが私が解決しがいがあるんだからな。だから――」


 雪さんはそこで私を指差す。


「湊に会わしてやる。私がいったんだ、これは絶対だからな」


 いっていることはなんだか目茶苦茶だった。

 けど、そういった雪さんの言葉は不思議と説得力があった。

 根拠なんてないのに。


 ああ、やっぱりこの人、こんなきれいなのになんてかっこいいんだろう。


 そんな風に雪さんにいわれてしまったら、私は信じてしまい頷くしかなかった。

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