第2話「自信がない」

「ばか」


 下校途中にある高架の下で、私は怒られていた。


「あほ」


 関東人の私にあほは響く。


「とんま」

「……とんまってなんですか?」

「そういえばなんだろうな?」


 暴言を吐いた本人が首をかしげる。


「とにかく、“私なんて”って言葉は駄目、禁止。自分で自分を卑下してどうするよ。そんなの自分で努力しようとしない奴のいいわけじゃねーか」


 私はそんなかっこいい台詞を述べる人間を横目で見る。

 絹糸みたいな黒髪をショートボブにして小さな頭を飾っている。猫のような大きくて綺麗な瞳を輝かせ、勝気な眉をきりりとさせ、意思の強さを感じさせる。細くて長い腕を組み、豊かで形のいい胸をそって私を見ている。

 

 あぐらをかいてもきれいだと思える男勝りな女性がそこにはいた。

 自分の胸を見る。

 ため息とともに、小さな胸が縮む。


「そんなの雪さんみたいに、恵まれた人の言い分ですよ。私みたいな持たざるものの気持ちなんて分かりません」


 私は雪さんの台詞に抗議をする。


 雪さんとは一人湊くんのことでもんもんとして、高架下を流れる川の前で三角座りしている時に声をかけられた。馴れ馴れしい人で、人付き合いが苦手な私が意識するよりもはやく、するするとこちらの内側に入ってきて、居座った。強引な人だよ。本当に。


 いつもジーンズと白シャツといったシンプルな姿をしていて、この辺りをぶらぶらしているみたい。その姿がまた無駄にかっこいいし、不必要にきれいなんだよね……。なにもしてないのに。

 

 内面は優柔不断なことを嫌い、努力は報われるものだと信じており、竹を割ったみたいな性格をしている。


「じゃあ、眼鏡ちゃん、あきらめられんのか?」


 だから私の逃げの台詞もすぐに逃げ場所を奪う。


 ちなみに私は嫌がっているのに、出会ったその日から、眼鏡ちゃんといわれ続けている。何故かそれがしっくりくるからだといっていた。雪さん曰く、私が眼鏡を外すその日まで、眼鏡ちゃんは不滅みたいだ。ジャ○アンツじゃあるまいし……。


 けど、あきらめる……。

 あきらめる……。あきらめる……。あきらめる……。


「ほらっ、全然そんなつもりないじゃん。眼鏡ちゃんすごい、眉間に縦線はしってんぜ?」

「えっ? うそ? 本当ですか?」


 私は眼鏡をとって、眉間をもみこむ。

 その隙に私から眼鏡を奪い、雪さんは私の顔をまじまじと見てくる。


「ちょっと返してくださいよ」

「へー、ほー、こんな顔になるんだ、かわいいじゃん。眼鏡ないほうが」


 それは湊くんを思い出す台詞だった。


 私の頬をさわり、もう一方の腕を私の手の届かないところに眼鏡と共に伸ばしている。私の腕が短いんじゃない雪さんが長すぎるんだ。いいから眼鏡返してよ。この人は本当に。私は今、大人にいじめられている。信じられない。


「あっ、なんか、その今にも泣きそうな顔いいな、胸がしめつけられそう」

「ちょっと雪さん、顔が近いですよ! いい加減、眼鏡かえしてくだいよ! 怖いですから!」

「……わかったよ」

「!!」


 雪さんは私から顔を離す前に、私の頬をなめていった。

 だめだ。この人色々な意味で。


「あっ、ごめんごめん。ついつい私の舌が悪さしちゃったよ。だからそんな警戒すんなよ? な?」


 私が両手で自分の体を抱いていると、さすがに悪いとおもったのか雪さんが眼鏡を返して、謝ってきた。


「……雪さんは悪ふざけがすぎます」

「悪い悪い。だからさ、告っちゃいなよ」

「謝りの台詞が軽いです! それに告白しろ!? だからさってなにがですか!」

「だってなんだかまどろっこしいし、もういっちまえよ。好きで好きで仕方ないんだろ? 行動起こすしかないって」


 好きで好きで仕方がないのは確かだけど、そう、確かなんだけど……。


「……そんな簡単なものじゃないです」


 私は私に自信がないのだ。雪さんみたいに自信に満ち溢れている人とは違うんだから。


「まったく、何がそんな簡単じゃないのか、私には分かんねーよ」


 本当に理解されてなくて、ちょっと腹が立った。


「……そうですね。少なくとも雪さんが仕事につくくらいには簡単なことじゃないです」


 雪さんの白い頬がひきつる。


「……おまっ、前にもいっただろうが、私は仕事してるって」

「じゃー、なんの仕事してるんですか?」

「……それはまあ、自営業で、いや、まー、なんていうか、今も仕事中みたいな?」


いつもぶらぶらしているので、一度、仕事のことを尋ねてみたことがあるけど、ちゃんとした答えが返ってこなかった。今回も一緒だ。


「わかりました、ニートなんですね」

「ニートじゃねーから!」


まじめに答える気がない雪さんが悪い。


「そうですね。ではフリーターということで」

「眼鏡ちゃんかわいくねー!」


 雪さんは仰向けになり、草むらに転がる。

 高架では電車が通り過ぎ、線路を走る音が聞こえる。

 何もポーズをとっていない大の字なのに、雪さんはやっぱりかっこよくて、きれいだった。


 ただ見た目がいいだけなんじゃなくて、きっと自然体だからだろうと思う。ありのままの自分のことをこの人は好きなんだ。それが雰囲気ににじみ出ているんだ。


 そういうのは私にはないよね。


 きっと雪さんなら、迷うことなく行動を起こすんだろう。

 雪さんが口を開く。


「……けど、行動おこさなきゃ、何も変わらねーぜ?」

「……そうですね」


 雪さんがどうあれ、それはその通りなんだろうけど……

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