たとえあなたが別れた彼女が好きだったとしても

碧井いつき

第1話「ぼっちな私と好きな人」

 教室では古典の教師が授業を行っている。


 私はおさげの髪を指にからませながら、なんとなくその授業を聞いていた。

 クラスメイトはその授業を受けながら、折りたたんだ紙を教師に見つからないように、まわしていた。友達のいない私には当然ながら、その紙はまわってこなくて、それが少し傷つきはするんだけど。気になって、隣に座る女子生徒が紙を開いた時にのぞく。


 学校の新七不思議候補。


 典型的な動くベートーベンの目や、夜鳴るピアノ、一段多い階段などメジャーなものから、パソコンから伸びる手や、一つ多い教室、届け先のわからないメールなどよく知らないものを合わせた三十二候補が連なり、クラスの一人一人(私をのぞく)で投票を行っているらしい。


 夏も終わり、秋が訪れたこの季節にこのクラスは何をやっているんだろう……。

 ちょっとした空しさの中、そんな子どもじみた遊びに参加できないことに悔しがっている自分が少しみじめ。


 候補の中に【黒髪の少女】という項目が私の目を引いた


 現在、ベスト七に入っている。

 ここ最近、話題になっている怪談であり、他のものとは少し違った内容になっているみたいだ。その少女が何かするわけではないみたいだけど、特徴としては出現ポイントだろうか。学校のどこにでも現れるらしい。


 影とか、光の加減とか、壁の模様の見え方とかで勘違いしている人たちばかりなんだと思う。それにただ姿をみせるだけで、なにかするわけじゃないから、怪談としては不出来なんだけど……。それでも投票数が多く、友達のいない私でもその話を知っているのは、この少女にはモデルがいるからだ。


 あまりいい話じゃあない。


 気分のよくない思考を追い出すために、私は授業に集中しようとする。

 今は古語の文法の説明を行っており、私にはさっぱり分からない。

 勉強ができない方ではないけど、理数系の私には国語ならまだしも古典なんて、理解の外だった。ようするに苦手なのだ。


 苦手。


 私には苦手なものが多い。


 基本的に運動は苦手だし、体育は出来るだけ休みたいと思っている。食べ物では魚介類全般が苦手だし、特にかき。好きな人には申し訳ないけど、泥をすすったような味がするんだもん。食べるどころかできたら見たくもない。

後、人が苦手だった。もっというと人付き合いが苦手だ。


 私がいるこの教室で友達なんて一人もいない。


 私はみるからに地味で、眼鏡で口数も少なく、暗いから、話しかけてくる人もいない。ほっとする反面、少し虚しさも感じていた。だって、別に人付き合いが苦手だからって、人が嫌いなわけじゃないから。


 そうだ嫌いな訳じゃない。

 その証明となる人がこの教室にはいる。


 窓際に目を向けると、秋の心地よい風にまぶたにかかる前髪をゆらしながら、湊くんが板書をとっている。


 秋上あきじょうみなとくん。

 私の好きな人だ。


 私と一緒で目立つ人ではないけれど、不思議と近くにいると落ち着く、日向のような男の子だ。少したれ気味の目を細めて笑う表情には私の胸の高鳴りは限りないものとなる。


 彼は穏やかで、私にとって清涼剤のような存在。

 けど、そんな彼も最近、元気がない。

 顔色も少し悪い。


 心配だった。

 その理由を知っているだけに心が痛む。


 湊くんは目をつむり、なにかを耐えるようにしている。


「……すいません、先生。気分が優れないので、保健室にいっていいですか?」

 湊くんの発言に先生も特に何か小言をいうわけでもなく、それを許した。保健委員の付き添いを断り、一人教室を出る。


 足取りは重くて、穏やかな雰囲気がくもっている。

 理由ははっきりとしていた。


 それは彼女と別れたからだ。


 私はその彼女のことをよく知らないけど、私と違ってあか抜けていて、お似合いのカップルだったらしい。そんな彼女を失ったばかりで、湊くんは失意の底にあるようだ。湊くんは繊細な心を持っているだけに本当に心配だ。


 しかし、心配とは別に湊くんには申し訳ないけど、片思いの私にはチャンスでもある。私以外に湊くんを好きな女の子みんなだけど。


 ただ、こんな見た目も性格もかわいくない私なんて、彼が好きになってくれることがあるか分からないけど……。

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