第3話 国王陛下との謁見


「面を上げられよ、聖女殿」


 陛下の声で、私は顔をあげる。

 王座には、穏やかな目をした四十代半ばほどの男性が座っている。

 そういえば代替わりしたんだったわね。前世で王太子だった方だわ。

 穏やかそうな方、とだけ印象が残っているけど、そのままの性格で王になったのかしら。

 面を上げぃ! とかじゃないし。

 前王はそう言ったけど。


「名をお教えいただけるかな」


「リーリア=ウィンガーデン……いえ、リーリアと申します、陛下」


 聖女になった時から、実家とは縁が切れることになっている。

 伯爵令嬢という身分は、今の私にはない。


「不躾ながら、清楚でとても美しい。まさに聖女の名にふさわしい」


「さようでございますね、父上」


 答えたのは第一王子と思われる人。

 美形と言えば美形かもしれないけど、なんとなく軽薄そうな……いえ、だめね、見た目で人を判断しちゃ。


「ゴテゴテと着飾って贅沢の限りをつくしていた前聖女とは違いますね。身に着けているものも質が良いながらも品があるし、何より顔が美しい。前聖女のように派手な化粧をせずとも」


「ダミアン。止さぬか」


 陛下がたしなめる。

 陛下が不躾ながらと私をほめて下さったのは素直に嬉しかったけれど、こっちは本当に不躾だわ。

 ましてや、前聖女をけなすなんて。

 たしかに税金を使っての贅沢はいただけないけど、瘴気を浄化し続けた聖女に対しての敬意はないの?

 この国が二つの大国に挟まれて何事もなく生き延びているのは、この国にのみ聖女が生まれるからに他ならないのに。

 どうせ聖女にはいくらでも代わりがいると思っているんでしょうけど。


 ああもう、本当に腹が立つわこの男。

 心の中ではダミアンポンタンと呼ぼう。

 こんなのが第一王子なんて大丈夫かしら、この国。

 ……そういえば、立太子はまだしていないのだったかしら? こんな様子だから陛下が躊躇っていらっしゃるのかしら。

 幼いとはいえ、第二王子もいらっしゃるし。


 ダミアンポンタンの隣にいる小さな男の子に視線をやると、気まずそうにうつむいていた。

 たしか六歳でいらっしゃったかしら? 物静かで賢そうな子ね。

 目が合うと、頬を染めながらぺこりと小さくお辞儀した。

 ああっ、なんてかわいいのかしら。


 ……あの子たちを、思い出すわ。


「聖女リーリア殿、王子が失礼をした。私に免じて許してほしい」


「恐れ多いことでございます、陛下」


「それにしても、大神官と神官長から報告を受けた時は驚いた。継承の儀を行わずに聖なる力に目覚めたとのこと。間違いないな、神官長」


「左様でございます。しかも聖なる力がかなりお強い。ここ最近の聖女様と比べましても飛びぬけていらっしゃいます」


「そなたが力に目覚めたことで、苦戦していた魔獣討伐隊が見事勝利を収めたと報告があった。そなたが力に目覚めた日、魔獣が急に弱体化したのだという。そなたのお陰だ。心から感謝したい」


「もったいのうございます」


 そういえば私が力に目覚める前、魔獣が増えてきているとお父様が心配そうに仰っていたわ。

 魔獣はたいていは「魔の森」から這い出てくるのだけれど、その対策として対魔騎士団がその近くに常駐していて、魔獣の対応に当たっている。

 お城から魔獣討伐隊が出るということは、対魔騎士団だけでは苦戦していたということ。よほど増えていたのね。

 ひどい怪我をしている人がいなければいいのだけど。


「その力……そなたはもしや初代聖女の生まれ変わりやもしれぬな」


 いいえ、三代前の聖女の生まれ変わりです。


「そなたは誠に得難い存在だ。何か望むことはないかな? できることはかなえてやりたい」


 あら。

 思ったよりも簡単に話が進んだわね。

 陛下が人のいい方でよかったわ。


「恐れながら、申し上げてもよろしいでしょうか」


「もちろんだ。何が望みだ?」


「はい。わたくしは聖女としてこの国に一生を捧げるつもりでございます。そして末永く聖女としての仕事を続けたいと思っております」


「これは頼もしい」


「そのためにも、肉体的にも精神的にも健康であり続けたいと願っております」


「ふむ。余もそうあってほしいと願っている」


「では、わたくしが人間らしく暮らすことをお許しいただけますでしょうか?」


 王が首をかしげる。

 神官長も怪訝そうな表情をしていた。


「人間らしく、とは?」


「わたくしを一人の人間として扱ってくれる者を側に置き、虜囚のごとく神殿に閉じこもることもなく、国民が労働の対価を得るように、国のために身を尽くす対価をいただく。そういう生活がしとうございます」


「……具体的には?」


「まず、わたくしの身近で働く人間だけで結構ですので、任免権をいただきとう存じます」


「それは一向に構わん。そうであろう、神官長」


「……はい。問題ございません」


 前世では訴え出ても侍女の配置換えすらしてくれなかったくせに。

 でも陛下にこう言われれば逆らうことはできないでしょう? ふふっ。

 ひとまず言質はとれたわね。

 先走って侍女を一人辞めさせて二人に配置換えを命じたのも、これで何の問題もなくなったわ。

 神官長には後で話すことにしましょ。


「しかし聖女様」


「なんでしょう、神官長」


「その……神聖騎士団に関しましてはご容赦下さい」


 バカね。いくら聖女を含む神殿関係者の警護が主な仕事の神聖騎士団とはいえ、そこの任免にまで口を出せるわけがないでしょう。

 おそらく釘をさしただけだとは思うけど、もしかして前聖女のときに何かあったのかしら。


「もちろんですわ、神官長。そこまで口を挟もうなどと考えてはおりません。ただ、わたくしの警護にあたる方の希望だけはきいて下さると助かりますわ」


「はい。それはもう」


 前世と随分扱いが違うじゃない。

 私が伯爵家出身だからなのか特別な聖女だからなのか知らないけど。

 それとも陛下の意向をくんでるのかしら。

 なんにしろ、通せるわがままは今のうちに通しておかないと。


「して、虜囚のような生活が嫌だとのことだったが」


「はい。聖女はこの城壁より外に出ることはほとんどないと聞き及んでおります」


「それはひとえに聖女様の御身をお守りするためでございます。聖女様は代わりなどおらぬ大切な方でございますから」


 神官長、よく言うわ。

 口が腐るわよ。


「お心遣いはありがたく存じます。ですが、この城壁の中のみで一生を過ごすのではかごの鳥と同じです。せめて城下町までの外出はお許しいただきとう存じます」


「しかし聖女様はお美しさゆえに非常に人目をひくことが予想され……」


「変装しますし警護の方も同行させますわ」


 にっこりと笑顔を向けるも、神官長は苦い顔をする。

 さすが老獪な神官長。美人の笑顔にもぐらつかないわね。

 神官長は困ったように陛下のほうを見る。


「城壁の中は一つの街以上の広さはあるし、城や庭園も自由に出入りして良い。それでは不服であろうか」


「ふん、今回の聖女もわがままなようだ」


「ダミアン。黙っていろ」


 ダミアンポンタンがさらに口を開きかけたのを遮るように、私は「申し訳ございません」と口元に手をあててうつむく。

 なるべく儚く弱々しく見えるように。


「わがままと思われて当然でございます。ですが、“城壁から出られない”という閉塞感が辛いのです。もう街にいくことすらできないのかと考えただけで心の病になってしまいそうです」


 陛下が、ぎくりと顔をこわばらせた。

 困るわよね。

 特別な聖女が心を病んで早々に死んでしまったら。


「……二代前の聖女のことを知っているのか」


「詳しくは存じません」


「……。余は、とても後悔した。聖女は国にとっても大陸にとっても大切な存在。それをあのような形で失うとは」


 陛下が辛そうな顔をする。

 なんだか悪いことをしてしまったわ。

 思ったよりも聖女という存在を大切に思ってくださっているのね。


「王位についたばかりだったとはいえ、何もしてやれなかった。その負い目が前聖女の暴走にもつながったのだが。そなたとは良い関係を築きたいし、できるだけ望みはかなえてやりたい。神官長」


「はい」


「聖女リーリア殿の望みをかなえてやってほしい。もちろん護衛はつけてくれ。大切な存在だ」


「……かしこまりました」


 面倒くさいと顔に出ていますよ、神官長。

 でも遠慮はしないわ。

 遠慮しすぎて枯れた人生を送った前世のような生活はもうごめんなの。


「心より感謝申し上げます、陛下」


「うむ。して、対価と話していたが、金銭的なことと考えていいだろうか」


 再びダミアンポンタンが口を開きかけるけど、第二王子が彼の袖をこっそり引っ張って止める。

 賢い子だわ。


「誤解なきよう申し上げたいのは、わたくしは贅沢をしようなどとは考えておりません。ただ、今のように神殿の予算の中から聖女にかかる経費を捻出するのではなく、神殿と聖女の予算を分けていただきたいのです」


 神官長が目をむく。

 聖女にかかる経費が少なければ少ないほど、神殿にはお金が余る。

 前世では私はたいそう質素に暮らしていたけど、余ったお金は何に使われていたのかしらね。

 逆に前聖女の時はどうしていたのか気になるけれど。


「被服費や食費は困らぬ程度で結構でございます。貴族のような豪華な生活は望みません。その代わり給与制にしていただきたいのです」


「給与制……とな」


「はい。わがままを押し通していくらでもお金を使えるのは良くありませんし、だからといって個人的に欲しいものを誰かにお願いして買ってもらうというのも人のお金を使っているようで落ち着きません」


「ふむ」


「平民の平均給与くらいの額で構いません。ただ、干渉されずなおかつ罪悪感を抱かず使えるお金が欲しいのです。聖女として働く対価として。贅沢品は給与から買いますので」


「なかなか面白い考え方だ。しかし平民の給与程度では少ないであろう。国と大陸にとって最重要とも言える仕事をしているのだから」


「衣食住に困らない生活をさせていただいておりますし、多くのお金は必要ありませんわ。ただ、国のために働いて、その働きを認められていると実感したいのです」


 ふふ、と陛下が笑う。

 えっ、今のって笑うところ?


「いや失礼。今代の聖女はしっかりしているな。儚げに見えるのに、芯が強く……したたかだ」


 要求しすぎて不興を買ったかしら?

 でもここだけは最初に認めていただかないと。

 次に陛下に会えるのなんていつになるかわからないし。

 前世のように一度きりということもあるかもしれない。


「いや、悪い意味で言ったのではない。聖女リーリア殿の望みをかなえよう。財政官に伝えておく」


「ありがたき幸せにございます」


「その代わり、余の願いもきいてもらえるかな?」


「わたくしにできることであれば」


 ふふ、と再び陛下が笑った。

 どこか面白がっているような。


「では時々余とティータイムを過ごしていただけるかな? そなたとは色々な話をしてみたい」


「……! 光栄でございます。喜んでお受けいたします」


 上手くいきすぎてなんだか怖いわね。

 前世よりも家柄、容姿、聖なる力すべてが勝っているから?

 陛下のお人柄によるところも大きいわね。

 でもなんだっていいわ。持って生まれたものも今ある環境も、利用できるものはなんでも利用するわ。


 幸せな人生を送るため。


 そして、次代以降の聖女が心穏やかに役目を果たせる環境を作るため。


 あーそれにしても、わがままってほんと楽しい!

 わがままさいこー!


 

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