第2話 力の目覚めは突然に
この大陸に満ちる瘴気を抑えられる唯一の人物、それが聖女。
大陸の地中深くには地脈と呼ばれるものが血管のように走っていて、その地脈をエネルギーが血流のようにゆったりと循環している。
その地脈から発せられる負のエネルギーが瘴気。
瘴気が濃くなれば濃くなるほど、魔獣が多くなり、また強い魔獣も出現する。
聖女の卵である光の魔力の持ち主は、不思議なことに大陸の中心に位置する小国であるこのエンダーシア神聖王国にしか生まれない。しかも女性のみ。
その光の魔力の持ち主を聖女へと変貌させる聖女継承の儀は、この国の大神官のみが行うことができる。
神官長どころか儀式を受ける当人である聖女ですら、その儀式の内容を知らない。
薬で眠っている間に儀式が行われて、それが終われば聖なる力を使えるようになっているから。
代々、その儀式を受けた女性のみが、聖女となる……ということだったのだけれど。
私は、前世と違って光の魔力を持って生まれてきたわけじゃなかった。
十歳になっても十五歳になってもなんの属性の魔法も使えなかったし、今世は魔力がないのね、くらいにしか思っていなかった。
嬉しかったわ。聖女になんてもうなりたくなかったもの。
普通に恋愛をして、結婚して。子供はたくさん産みたい。できれば長生きして孫も見たい。
そんなささやかな夢を抱いていた。
でも。
その力は、つい先日―――十六歳になって三か月ほど経ったある朝に、唐突に目覚めた。
聖なる力が体に満ち、意識もしていないのに大気中の瘴気を浄化していく。
その力はあまりに強力で、時の聖女の力が弱いためにそこらじゅうに満ちていた瘴気が、あっという間に消え去った。
一日にしてエンダーシア神聖王国周辺を浄化し、一週間で大陸のほとんどの地域を浄化した。
祈りの間で祈ってもいないのに、勝手に瘴気を浄化してしまうことにまず驚いた。
そして、凄まじいまでの浄化の力。
前世でも浄化の能力は高いほうだったけど、ここまで桁外れではなかった。
何よりも、儀式を受けていないのに勝手に聖なる力に目覚めてしまったことが信じられなかった。
しばらく悩んだけれど、私はポジティブな結論を出した。
祈りの間で祈らなくても勝手に浄化してくれるみたいだから、別にこのまま生活すればいいよねっ、と。
けれどここまで桁外れの力が見逃されるはずもなく、ほどなくして神殿から使いが来た。三日後にお迎えにあがります、と。
もちろん拒否権はない。
あーあ。上手くいかないわね。
神殿に来てから知ったことは、私の力が目覚めた翌日に“贅沢と癇癪の聖女”と揶揄されていた聖女が亡くなっていたこと。そして聖女候補の一人から既に聖女になる女性が決まっていて、儀式を受ける直前だったこと。
私が力を垂れ流したから、その話も流れて私を迎え入れたようだけど。
さらには、前々聖女……つまり前世の私の次の聖女が、在位わずか二年で自死してしまったということ。
さすがにこれを聞いた時は心が重く沈んだわ。
神官長からは私の力の目覚めについて根掘り葉掘り聞かれたけど、知らないと答えた。だって知らないんだもの。
けれど私に強力な聖なる力があることだけは確実とされ、私は聖女を襲名し、神殿に入った。
それが、昨日の話。
そして今日。侍女をクビと配置換えにした。
本当のところ、二代前の聖女と前聖女に嫌がらせしていたかどうかなんて知らないのよね。
でも、前世の私にはしていた。
私にはそれで十分。そんな人間が自分付きの侍女なんて冗談ではないわ。
「聖女になんて……なりたくなかったのだけど」
服を脱ぎながら、一人ぼやく。
脱衣所の壁に掛けられた鏡をふと見ると、今では見慣れた顔。美人になったな、と苦笑する。
前世は平凡な顔立ちだった。胸だけは今より大きかったけど。
「美人になっても、聖女になんてなってしまっては宝の持ち腐れだわ」
完全に服を脱ぎ、バスタブへと向かう。
さっき配置換えを命じた侍女達の嫌がらせでカエルでも浮いてるんじゃないかしらと思ったけど、特に何もいなかった。
けれどかなりのぬるま湯だった。
まあ可愛いものね。
サラのお風呂関連の嫌がらせは、熱湯、泥水、水風呂に氷、カエルとオタマジャクシの親子共演、電気ウナギとバリエーションに富んでいたわ。
私はぬるま湯に浸かり、火の魔力を放出する。
ほんのちょっとだけ、お湯が温かくなった。
力に目覚めた日、光のほかに火・土・風・水の四属性の魔力を得たけれど、光以外の力は微々たるもの。ほとんど役に立たないレベルなのよね。
体と髪を洗って再び脱衣所へ。
風と火の魔力を組み合わせて温風をつくり、髪を乾かそうとするのだけど……ああっもう遅い。
自然乾燥よりいくぶんマシといった程度ね、これじゃあ。
実家の優秀なメイドたちが懐かしい。
なんとか髪を乾かして、今度は鏡台で髪を結う。
両サイドから少し髪をとって、後ろで髪留めでとめる。
鏡台には前聖女の趣味だったらしいゴテゴテギラギラした宝石が目一杯ついた髪留めがあったけれど、使う気がおきないわ。あとで売りましょう。
私の瞳と同じ深い青色の小さなサファイアがついた、品のいい髪留めを持ってきてよかったわ。
衣装も実家で作ってもらったものを持ってきて良かったと心から思う。
聖女は“精霊の絹”という、ほんの少し青みがかった白い絹で作られた服のみを着用するとされているけど、装飾品や服に施される刺繍については何も指定がない。
だからって、クローゼットにあった衣装はひどすぎる。
ウェディングドレスも真っ青なくらい金糸の刺繍がびっしり、胸元にはパール、さらにはスカートには小さなダイヤモンドが散りばめられ……ってどんな趣味よ! 着られるわけないでしょこんなの!
サイズは私に合わせてあるようだから新品だろうけど、なぜ私の意向を聞かずにこんな悪趣味なものを作ってしまうのかしら。
もしかして、前聖女の趣味で作りかけていたものをそのまま使って、私のサイズに直したのかしら。
いずれにしろ、このままじゃクローゼットのこやしになるから、ゴテゴテを外して作り直してもらわなきゃ。
精霊の絹は市場には一切出回らないし、聖女しか着てはいけないことになっている。
神殿入りが決まった時に、お母様の指示でウィンガーデン家にすぐに絹を送ってもらった。
それをお母様や嫁いだお姉様たちがほとんど徹夜でワンピースに縫って、刺繍を施してくれた。
華美ではないけれど上品で美しい仕上がり。
何よりも、私を想って涙を流しながら仕上げてくれた衣装だから、私にとっては宝物だわ。
前世ではわからなかった家族の情というものを、あらためて感じた。
それにしても、衣装係にしろ食事係にしろ侍女にしろ、聖女の周りの人間が何も考えていなさすぎよね。
食事だって前世は質素だったのに、昨日出てきた夕食も今日の朝食も貴族でもこんなに食べないでしょうという質と量。
前聖女が贅沢とわがままの限りをつくしたというのはよくわかったわ。
だからって、なぜそれをそのまま私に受け継がせようとするのかしら。
なんにしろ、少しずつ環境を改善していかなくては。
それよりもまず、今日の面倒な行事を済ませなければならない。
国王陛下との謁見。
胸元とスカートに銀糸を上品に刺繍しただけの衣装に身を包み、私は部屋に陛下の使いが迎えがくるのを待った。
ほどなくして、神官長が迎えに来た。その後ろには近衛騎士の制服を着た、ダークブラウンの髪と瞳の男性が一人。
神聖騎士団の騎士ではないのね。陛下のところへ行くからかしら。
「では陛下の元へとご案内いたします。ところで、侍女が見当たりませぬが」
前世よりだいぶ歳をとった神官長がそう告げる。
リーリアとして初めて会った時も思ったけど、はげたわね……。
まだ引退してないなんて。いったい何年神官長をやってるの?
「侍女に関しては後ほどお話ししますわ。行きましょう」
二十代前半くらいの近衛騎士に視線をやると、少し赤くなって目を伏せた。
前世ではこんな反応されたことなかったわ。容姿の力ってすごい。
襲名して最初の謁見の際は、神殿の地下通路を通って城内に入る。
聖女は神殿関係者と王族以外に顔を見せてはならない、なんていう時代の名残らしいけれど。
そんな風習はとっくに廃れているのよね。前世では普通に外を散歩していたし。
ほとんどが神殿の敷地内だったから、実際に神殿関係者以外の目に触れる機会は少なかったけれど。
城へと続く扉は普段は厳重に施錠されていて、自由に出入りはできない。
神官長が鍵を開け、城側からも誰かが鍵を開ける。重厚な扉が、左右に開かれた。
絢爛豪華な城内は以前と変わらないわね。
一度だけ通った、謁見の間へと続く道も。踏みしめる赤い絨毯も。豪華なシャンデリアも。何もかも。
違うものがあるとしたら、居並ぶ侍従や騎士たちの視線かしら。
私に見とれている人が何人か。
人ってとことん外見の良さに弱いのね。あーヤダヤダ。
今は見とれていても、私が前聖女と同じくわがまま放題になれば、見る目が変わるのかしら?
そんな意地悪な考えが浮かんできて。
なんだか、楽しい気持ちになった。
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