【電子漫画化】聖女リーリアはわがままに生きたい
星名こころ
本編(完結済)
第1話 聖女はわがままに生きたい
「まずこの部屋。前聖女の趣味丸出しの派手で下品な調度品はなんですの。もっと上品かつ繊細なものをそろえなさい。今すぐ」
ソファに優雅に腰掛け、侍女たちに向かって命令する。
年齢的に中堅と言える位の侍女二人と、年嵩の侍女長。
うつむいている彼女たちの表情は見えないけれど、笑顔ではないでしょうね。
「あと服は全部仕立て直してちょうだい。あんなに無駄にレースだの宝石だのがついた服など着られないわ。ほんとうに悪趣味ね」
侍女たちが小刻みに震えている。
ふふっ、怒ってる怒ってる。
特に侍女長。
「ああ。それから」
立ち上がり、五十歳近い侍女長の前に立つ。
畏れと嫌悪、怒りが入り混じった表情をしている。
感情を隠すのが下手ね。長いこと侍女をやっているというのに。
「侍女長サラ。あなたを罷免します。とっとと田舎にお帰りになって?」
「な、なにを仰るのですか……! わたくしは三代にわたって聖女を」
「コソコソといじめてきた侍女、でしょう?」
「なにを……!」
「神の娘たるわたくしが知らないとでも? その罪をすべて公表して差し上げましょうか。なんならあなたに“真実の口”を施しましょうか」
声も出ない侍女長に、女神のごとくと評される笑顔を向ける。
「さようなら。田舎でもお元気で」
憎しみに彩られた顔に、諦めの表情が浮かぶ。
そうそう、田舎に帰ってゆっくりすればいいのよ。
あなたのことは許せないけど、あなたもまた神殿に人生を狂わされた一人なのだから。
いつまでも“聖女”にとらわれていないで、これからは心穏やかに過ごせばいいわ。
生活はなんとかなるでしょ。地方都市の裕福な商家の出だし、退職金も出るんだから。
「それからそこの二人はわたくし付きを外れてもらうわ。それが不服で神殿から出たいのでしたら申し出なさい」
この二人は侍女長ほどじゃないにしろ、彼女に追従して新人の頃から“聖女”をないがしろにしてきた。
側に置くことはできないわ。
「最後の仕事としてお風呂の準備をしていってちょうだいね。ああ、あと家具入れ替えの手配も必ずするように。私が謁見している間に家具の入れ替えを終わらせておいてちょうだい。神殿から追い出されたくなければね」
二人は無言で浴室へと向かった。
ちゃんと最後の仕事は律儀にこなすのね。サラみたいにクビになったら困るからでしょうけど。
それにしても。
わがままにふるまうのって、楽しいー!
リーリア=ウィンガーデン。
それが私の
財力のある伯爵家の三女として生まれた私は、末子ということもあって、両親と兄姉にたいそう可愛がられた。
欲しいものはなんでも買い与えられ。
どんな横暴なふるまいをしても叱られることもなく。
大陸一の美女になる、どんな男もあなたに夢中になると褒めそやされてきた。
その結果、立派なわがまま娘に育った。
たしかに容姿は良いわ。
伯爵家に出入りしていた詩人の言葉を借りれば、日焼けなど無縁な陶器のようななめらかな白い肌、長いまつげで縁取られた深い青色の瞳、月光のごとく輝くまっすぐな淡い金色の髪。
顔だちも、たいていの人は美人と言うでしょうね。
でも、絶世の美女というほどではないと思うし、ましてや大陸一なんて。
両親も兄姉も罪深いわ。
子供は言われたことをそのまま信じてしまうのだから。
自分のことを大陸一の美女だと思っているただのわがまま娘なんて恥ずかしすぎる。
でも。
恥ずかしい勘違いをした恥ずかしい性格の恥ずかしい伯爵令嬢は、十年でいなくなった。
十歳のとき、転んで頭を打った際、唐突に前世の記憶を思い出したから。
それからはなかなか大変だったわ。
前世の記憶と人格が、わがままな十歳の伯爵令嬢のそれと入り混じってしまったから。
家族には頭を打ってから人格が変わった、思慮深くなったと言われたけど、それはそうよね。
中身が三十四歳なんだもの。いいえ、その時点での今世の年齢もあわせたら四十四歳と言えるかしら。
子供のふりはつらかったわ。
でも、因果なものよね。
私はつい先日、聖女となった。
そして、前世でも私は聖女だった。
今の自分から数えて三代前の聖女。
前世の私を表す言葉があるとすれば、「無味乾燥な人生」かしら。
最後の三年はそんな言葉とは無縁な生活だったけれど。
前世の私は孤児として生まれ、十歳までは孤児院で暮らした。
夏は暑く冬は寒いボロボロの建物でかろうじて餓死しない程度の食事しかなかったけれど、今思えば幸せだったのかしら。
周囲に口が悪い子が多ったから私も当然のごとく口が悪くなってしまって、あとで色々苦労したわ。今でもその口の悪さをちょっと引きずっているところがある。頭の中だけにとどめているけれど。
その後十歳で光の魔力があることがわかり、聖女候補として神殿に引き取られ。
十七歳で聖女に選ばれて聖女継承の儀式を受けて以来、三十四歳で死ぬまで聖女として国に尽くした。
神殿内にある、広いけれど味気ない部屋。
神殿の最上階にある祈りの間。
この二つを往復するだけという日がほとんどだった。
せいぜいが神殿の庭園を散歩するくらい。
神殿は王城と同じく城壁の内側にあるけれど、お城に行ったことがあるのは聖女を襲名して王様に謁見した一度きり。
華やかな舞踏会や王子様……そんなものに興味はなかったしお城に行けなかったことはどうでもいいのだけど、もっと城下町に下りたりしてみたかった。
しきたりにがんじがらめに縛られ、自由のない毎日。
いつも誰かが側にいるけど、私に心を開いてくれる人はいなかった。“あの子たち”が来るまでは。
むしろ侍女のサラにはいじめられていたわね。
彼女も聖女候補だったから、選ばれたのが自分ではなく孤児院出身の私だったのが気に入らなかったのね、きっと。
何度か神官長にサラについて話したけれど、彼は何もしてくれなかった。
私と同じく光の魔力を持つサラは、私に何かあったときのスペアとして抱えておきたかったのでしょうね。
せめて私付きを外してくれれば良かったのに。
軽い嫌がらせ程度だからという理由ではねつけられ、私は引き下がった。
聖女の立場っていったい何なのかしらね……。
私は逆らうこともなく、そういう環境を受け入れていた。そして心の中で毒づくだけ。
責任感というよりも、帰る場所がない孤児だったから、追い出されるのが怖かった。
サラに取って代わられるのが怖かった。
馬鹿みたい。
ただ我慢して心の中で文句を言ってみたって、何も変わらないわ。
何も変えようとしなかったのだから、その環境に文句を言う資格もない。
でも、今世はそんな生き方はしないわ。
自分の思うままに。心のままに。
わがままに、生きてやるんだから!
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