第42話 昼寝と言えば…

 


「なぁ奏。この後の予定って……?」



 お弁当を食べ終えた俺は、奏がくれたお茶を飲みひと息ついていた。

 食べに食べ大満足なわけだが、次の予定が気になり訊ねてみたわけである。


 すると、何故か奏はキョトンして首を傾げた。



「決めてないよ?」


「そうかそうか、ちゃんと決めて…………って、決めないのか!?」


「アハハッ! いいノリツッコミ〜。確かに任せておいてと言っておいてびっくりするよねぇ」



 いつも通りのあっけらかんとした口調で言い、それからうーんと背伸びをした。

 服がずれ上がり、俺は咄嗟に目を逸らす。


 その行動に彼女は気づいていなかったのだろう。

 特に気にした様子もなく話を続けた。



「今回のテーマはのんびりデートだからね。有賀っちが『どうしても何かしたい。楽しみたい』だったら、行動しようかな?」


「どうしてもか……」


「そっ! どうしてもだよ!」



 何かしたいか?

 そう聞かれたら、今のままで居心地が良いが正解だ。

 元々、そんなに人が賑わうような所は好きではないし……。


 でも、それはあくまで俺の意見で奏は違う可能性がある。

 それを考えると落ち着かないし『何かしなくていいのか!?』という発想が、どうしても生まれてしまうのだ。



「まぁ有賀っちの今までを考えると、そわそわしちゃうのはわかるけどねぇ。なんとなく、落ち着かないんでしょ??」


「まぁな。ってかほんと、思ったことをまんま見透かされるのな……。俺のプライベートとかモノローグとか意味ないじゃないか」


「えへへ〜。照れるなぁ。そんなに褒めないでよぉー」


「褒めてねぇよ!」



 奏にツッコミを入れると、ケラケラと楽しそうに笑う。

 それを見ていると俺まで楽しくなってきて、思わず苦笑してしまった。


 泣くほど笑えたのかわからないが、奏は目の端に浮かぶ涙を拭い、俺の膝に手を置いた。



「とりあえずさ、目を閉じてちょっとだけ周りの自然を感じてみなよ。気分がスッキリするから」


「目を閉じて?」


「うんうん!」


「わかった……」



 風に揺られて聞こえてくる葉が擦れる音。

 それが聞こえる度に、俺の体をすーっと風が包み込んでくれる。

 自然の中にいるお陰か、心が静まり……ずっと留まりたくなってしまう。


 目を閉じると、そんな感覚がしてきた。

 大きく息を吐き、目を開けて彼女を見る。



「どうだった?」


「…………風が気持ちいいな」


「そだね~。ちょーいい感じ」


「けど、こうやって目を閉じて心地よさに委ねると……」



 俺は欠伸をしそうになり、口を押さえる。

 デート中の欠伸は厳禁と反射的な行動だった。


 それを見た奏は可笑しそうに笑い、頰を突いてくる。



「あらら。もしかして、おネムな感じ??」


「ちょっとな。ほら、日陰でいい感じで風が気持ちいいからさぁ。でもそんなに眠くは…………ふわぁ」


「アハハッ! めっちゃ大あくびしてるじゃん。気持ちいいから仕方ないよねぇ〜」



 奏は正座をして、



「ほら、ちょっとこっちに来ない?」



 と自信なさげに小首を傾げそう言った。

 そして自分の太ももをポンポンと叩き、寝るようにと促してくる。



「えーっと奏? まさかと思うが、そこに寝ろってこと……?」


「それ以外、何があるの~」


「……マジで言ってる?」


「マジマジ。気にしなくていいから使ってよ」



 躊躇していた俺の腕をやや強引に引っ張り、そして俺の頭を自らの太ももの上に乗せた。


 柔らか……。

 太っているわけでは、決してない。

 寧ろ痩せていて、太ももで寝たら痛いんじゃないかと不謹慎なことを考えてしまうほどだ。

 だが、奏の膝枕は今まで経験したどんな枕よりも上質なものに感じた。



「風も気持ちよくて、夏なのに涼しくて……昼寝には最高のシチュエーションだからね。遠慮しないで寝ていいよ」


「けど奏。せっかくのデートで寝るなんてヤバくないか……?」


「いいの。それに、デートで本来は癒されるものでしょ? 無理にどっか行っても仕方ないし、デートに『こうしなきゃいけないなんて定義はない』んだから」


「それだと。奏が暇じゃないか? 膝枕なんて足が痺れるだけだろ」


「私は有賀っちに休んでもらいたいしー。暇ではないかなぁ」


「いやいや、動かないのは暇だろ」


「んー? だって私は有賀っちの寝顔を見てるし。可愛いんだよ〜。だらしなく緩んでて」


「それは見るなよ……」


「えへへ、それは無理かなぁ」



 悪戯をする子供のような無邪気な顔で笑う。

 魅力的な笑顔に俺の胸が高鳴るのを感じた。


 ……そっか。

 こういうデートもあるんだな。



「それにさ。女子大生に膝枕してもらえるなんて、またとない機会だと思わない? だからねっ。遠慮はしないの!」


「はは……じゃあお言葉に甘えようかな」


「そうしてよっ」



 下から見上げた奏の顔は、まるで慈愛に満ちた女神のように優しいものであった。

 更には、アングル的に目のやり場に困るというおまけ付きだけど……。



「無理しないで、辛くなったら起こしてくれ」


「もちっ! 有賀っちは寝づらかったら言うんだよ?」


「……ああ」



 気持ちよい風と感触に身を委ね、目を閉じる。

 直ぐには寝れないだろうなと思っていたが……俺は、簡単に意識を手放してしまった。

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