第40話 悪くない気まずさ

 



「なぁ、奏」「ねぇ有賀っち」


「「いや、そっちから……」」



 手を繋いでから、俺と奏はペースを乱していた。

 さっきから喋るタイミングが重なり、この調子で会話が進まない。



 なんだろう……。

 この気恥ずかしさと気まずさは……。

 居心地が悪いわけでは決してない。

 けど、目が合っては逸らしてを繰り返していると、何をすればいいか分からなくなってくる。


 まぁ……気まずさと言ってもネガティブなイメージがあるものじゃないから、今はこの時間がなんとなくむず痒いだけなんだけど。



 元嫁とのデートを思い出すと、本当の意味での気まずさが多いし、大体が苦い記憶として刻まれている。


 外面が基本良い元嫁だが、機嫌が悪い時は隠すことがない。


『私、不機嫌なのわかって! 甘やかして!』みたいな態度全開で来るのだ。

 そのせいで場の空気を凍らせたのが……今では悪い意味で懐かしい。


 あの時は、ちょっとした可愛さとして受け入れている自分がいたけど……。

 今、思うとバカバカしい限りだ。


 俺は、会話のタイミングを掴もうと横を歩く奏を横目で見る。

 真っ直ぐと歩く彼女は、表情がどこか硬い。




「「…………」」




 俺と奏はいい大人だ。

 なのに何故だろう……。


 少年が初めて彼女と手を握って、しどろもどろしているような……。

 そんな何とも言えない“気まずさ”が今の俺にはあった。


 まさか、手を握ったことがない?


 いやいや。

 そのぐらいある。

 元嫁と手を握って歩くみたいなことは、初めの方にあったしね。


 けど、どうしてだろう。

 元嫁の時は、こんなに照れるようなことはなかったのに……奏と手を握っているだけで動悸が激しくなり続けている。


 彼女も俺と同じ状況なのかもしれない。

 握った彼女の手が強張って、緊張しているように感じる。


 いつも頑張ってくれる奏。

 そんな彼女が考えてくれた今日を台無しにしてしまったら、きっと後で後悔する。


 だったら、俺がなんとかしなきゃいけなくて、こういう時に奏がとりそうなことを考えればいい……。

 俺は、彼女に気づかれないように深呼吸をした。


 よし……。

 ここは、笑いの方向に話を持っていって空気を——



「「って、中学生か!!」」

「「え?」」



 二人して同じタイミングで同じ反応……。

 示し合わせたような俺たちのやりとりに、奏は「ぶっ!」と噴き出してしまった。



「アハハッ! タイミングがばっちしで笑っちゃうね!」


「ははっ。そうだな。二人して悩みが一緒なのかよって可笑しくなったわ」



 空気が和らぎ、どことなく気恥ずかしくて重かった空気が消え始めている。

 けど奏の表情を見る限り、まだ本調子ではなさそうだ。


 ……奏のことを考えると無理もないよな。

 だったら——。



「お互いに緊張するなんて、情けないよなぁ」



 俺が肩をすくめて苦笑すると、奏は挑発するような笑みを俺に向けてきた。


 強気なその表情を見て、そっと胸を撫で下ろす。

 よかった、のってきてくれた……。



「いやいやぁ〜。有賀っちと私は違うんじゃない?」


「うん? そうなのか??」


「だって有賀っちの方が年上でしょー? こういう時は、大人の余裕を見せてくれてもいいんじゃないかなぁ?」


「痛いところを……」


「どうする有賀っち。女子大生をリードするなんて役得だよぉ??」


「くっ……それを言うなら奏。そっちもいつもは大人より大人びた態度や雰囲気を醸し出してるだろ? 発言だって達観してるのに、まさか“手を繋ぐぐらい”で動揺するなんてなぁ」


「……ふーん。そんなこと言うんだ」


「俺は事実を口にしたまでだよ」


「有賀っちは、チキンの癖によく言うね」


「ほぉ、言うじゃないか。このイノシシ」


「イノシシ!?」


「ほら、真っ直ぐ突っ込んで破壊する勢いでくるだろ? よく人にぶつかりそうにもなるし。本棚の雪崩を引き起こしたことだって、何度もあるしなぁ〜」


「それだと私が落ち着きがないみたいじゃない!」


「昔はもっとクールだったんだけどなぁ。今では、慌てん坊のサンタクロースって感じ」


「むぅぅ……それ以上、言うなら有賀っち〜〜〜?? こうするからねっ」



 空いてる方の手で俺の頰を引っ張ってきた。


 ……わりと痛い。

 でも、よかった。

 声も出てきて、あっという間にいつもの奏に戻ったみたいだ。


 俺は奏の頭に手を置き、優しく撫でる。

 すると、彼女はハッとして悔しそうに唇を噛んだ。



「緊張は解けたか、奏?」


「……なんか悔しい!!」


「はは、ごめんな。こんなやり方しか出来ないんだよ。臭い台詞や言葉がどうにも使えなくてさ」


「いいよ。その方が有賀っちらしいし……。もし仮に『俺の胸で落ち着かせてあげる』なんてことを言ってきたら、引いちゃう自信があるねぇ」


「死んでも言わないから安心しろ」



 そんな歯の浮くような台詞を言うのを考えると気持ち悪くなる。

 ってか、元嫁に言わされて若干トラウマだ。



「それで有賀っち。この……手だけど。繋いだままでいい?」


「こっちこそ、このままでいいのか?」


「うんっ!」



 元気のいい返事。

 すっかり、いつも通りの奏になり俺の手をぐいぐい引く。


 俺たちの関係にさっきみたいな緊張感は必要ない。

 砕けて、てきとーで……でも、本音を話せる間柄。

 だからこそ、一緒にいて気分がいいのだから。


 俺がそんなことを思っていると、離れたところにある木を彼女が指さした。



「じゃあ、気を取り直してあっちの木陰にいこっ! 私、今日は良い物を用意してるんだぁ〜」


「お、それは期待しなきゃな」


「ふっふっふ〜。期待しててよっ」



 微笑みを向ける彼女を見て、『俺もちゃんと奏を見ていかないといけない』って……そう、改めて思った。



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