第39話 のんびりデートの開始

 

 電車に乗って移動した後——。

俺は奏に連れられ、とある記念公園に来ていた。

 奏は寝たお陰で元気が有り余っているようで、俺の腕をぐいぐいと引いてくる。


デート場所に到着したのが嬉しいのだろう。

電車に乗る前より、やたらとテンションが高く上機嫌な様子だ。


……目が合う度に笑顔を見せられるのは、ちょっと照れるけど。


俺がそんな気持ちを誤魔化すように、奏に話しかけた。



「のんびりデートって、マジでのんびりなんだな」


「ふっふっふ〜! のどかでめっちゃいい感じでしょ〜? ここって、1年を通じて色々な花が見れるし、なんかマイナスイオンたっぷりって感じでよくない??」


「ははっ。確かになぁ〜。こんなとこ、今まで来たことなかったわ」



 にししと嬉しそうに笑い、彼女は俺の横を歩く。

 初めてきたこの場所がなんだか新鮮で、ついキョロキョロと見渡してしまう。


 ……空気が綺麗だなぁ。

 あ、芝生で昼寝とかも……うん。

 いい風が吹いてる。


 柄にもなく黄昏ていると、視線を横から感じた。

 ハッとして、横目で彼女の様子を窺う。


 彼女は微笑みながら俺の顔を見ていて、気恥ずかしさから俺は頰を掻き咳払いをした。



「ねー、有賀っち」


「なんだ?」


「芝生でのんびりお昼寝なんて最高かもね?」


「ナチュラルに俺の気持ちを読むなよな……。マジでエスパーだと疑いたくなるわ」


「アハハッ! 読んだっていうよりは、私もそう思っただけだよっ。だって、気持ち良さそうじゃん」


「奏がゴロゴロしてたら、『酔い潰れてんの?』と勘違いされるかもだけどな〜。街中の泥酔ギャル的な?」


「偏見ひどっ!?」


「ハハハッ! ま、後で人がそんなにいなかったら……芝生で昼寝というのをやってみようかな。爆睡しなければいいけど」


「ふふっ。そだね〜」



 互いにそんな軽口で笑い合い、花が咲く道を歩く。

 人混みでごちゃごちゃしているわけではないこの場所を歩くだけで、ほがらかな気分になってくる。

 時折、奏と体がぶつかりその度になんだか可笑しくて笑ってしまった。



「奏が言う“のんびりデート”がこんなところだと思わなかったなぁ」


「アハハッ! なにそれ〜。でも、超節約型デートなのは悪くないでしょ??」


「そうだな。奏に言われた時は、普通にどこか施設に入るもんだと思ってたよ。ほら、のんびりって言うから温泉とか、スパリゾートかなぁーって。そう思わないか?」



 のんびり休むなら、お金を使うイメージしかなかった。

 家でゲームは元嫁の場合は却下だったし、彼女が言うのんびりはエステぐらいだ。


 そう考えれば、雲泥の差である。


 俺がそんなことを思い出しぼーっとしていると、奏が横でニマニマと何やらニヤついた笑みを浮かべていた。



「なぁ〜に有賀っち? もしかしてだけどぉ。私の水着姿とか見たかったぁ〜〜??」


「ん?? 水着ねー。確かに奏の場合は、目が離せないと言ったら、男として嘘になるな」


「え…あれ? 意外な反応……」



 予想外だったんだろう。

 俺の反応に顔を赤く染め、「暑いな、ハハハ……」と手で顔を扇ぎ始めた。



「奏は目立つから、俺がいた方が多少は虫除けになるだろうし。変な男が横で目を光らせていれば牽制になるだろ?」


「え、そういう意味なの!?」


「うんうん。奏は意外と抜けてるところがあるから心配なんだよ。保護者として気を利かせないと」


「待ってよ有賀っち!! そんな考え全然嬉しくないからねっ! 保護者とか嫌だよ!?」


「冗談だ。けど、奏は魅力的だからそういう場所に行く時は気をつけておけよ?」


「……うん」



「さらっと褒めるんだから……バカ」と頰を膨らませ不服そうに呟いた。

 それから俺の前に急に出て、恥ずかしさを誤魔化すようにわざとらしい行動をとる。


 耳まで赤く染めているのに、態度だけはいつも通りで……俺に微笑みを向けてきた。



「さ、さぁ有賀っち!! せっかくの広場だし、童心に戻って……ちょっと走ろっか〜!」


「お、おい! ちょっと——」



 急に走ろうとした奏に驚き、俺の手が伸びる。

 すると、彼女と手がぶつかり反射的に掴んでしまった。



「「……あ」」



 そんな間の抜けた声と共に、二人して無言になってしまう。

 いつも距離が近くて、手を握るぐらいどうってことないように思っていたけど、言いようがない焦燥感と羞恥心が同時に遅い、顔が熱くなった。




「悪い……」




 俺はそんな気持ちから手を放す。

 気恥ずかしさと、急な出来事に動悸が激しく俺を動揺させていた。

 手に感じていた温もりが徐々に冷めてゆくことに、僅かばかり寂しさを感じる。


 ……すべすべしてんだな。

 そんな感想を抱いていると、不意に俺の手に温もりが戻ってきた。


 手を見ると、さっき放した彼女の手が俺の手を再び握っていた。



「奏……?」


「あんさ、有賀っち……」


「うん?」



 奏らしくない小さくて、弱々しい声と態度。

 それに驚き、首を傾げる。


 彼女はおずおずと口を開くと、上目遣いで——



「……繋いでちゃ……ダメ、かな?」



 そう、言ってきた。

 いつものような強気な態度ではなく、しおらしい態度に俺まで恥ずかしくなってきた。


 この場面、どう返すのが正解なのだろうか?


 大人として。

 年上として。

 カッコよく振る舞うのが、本来は正解なのかもしれない。


 でも、俺は……。



「おう……、勿論……」



 と、ぶっきら棒に言うことしか出来なかった。

 手を繋ぎ、無言で花が咲く道を歩く。


 その歩く場所が、を彷彿とさせたが……恥ずかしくて口には出せなかった。



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