第36話 デートの待ち合わせは家?

 

 言いようのない緊張感。

 そして、先日からある気まずさ。


 ——それが今日の俺の気持ちである。


 けど、今日はいよいよ奏と出掛ける日。

 断ることが出来なかった俺は、日頃から感じていた彼女への恩返しをすることに、思考をシフトさせていた。



 けど、恩返しをしようにも不安は積もる一方である。


 まず、どんなデートが好みなのか?

 任せてとは言われたが、全てを任せるのは男として情けなく思う。

 だから、少しぐらいエスコートを出来ればいいなと思っていた。


 でも、それが上手くいっていない。


 彼女が望むものはなんなのか?

 プレゼントは何が必要か?

 ディナーの予約すらしていないのだ……。


 なんとか時間を使って、考えようにも奏が近くにいてはバレてしまう。

 何故ならだから。



 それで、俺は当日に待ち合わせの前とかで、なんとかしようと思ったんだが……。



「有賀っち〜、準備できたぁ?」


「まぁ、ぼちぼち」


「アハハッ! 何その反応〜。ばっちし髪型も決まってるよっ!」



 奏が俺の背中をバシバシと叩き、けらけらと笑う。

 目には涙が浮かんでいて、何故か俺の反応がツボに入ったようだ。


 ……いまいちツボがわからないよなぁ。

 それにしても、今日の格好……。


 奏の今日の私服に視線が自然と誘導されてしまう。



 ワンピースに大きめのジャケット。

 玄関にはブーツが置いてあった。

 所謂、ギャルの格好なのだろう。


 こういう格好が好きと言っていたからね……けど、そのワンピースはやばくないか?

 ビッグシルエットとかなのかもしれないが、膝上がよく見えてしまっている。


 ただでさえ、綺麗な脚をしているのにそれを惜しげも無く披露していて、これでは男の視線を嫌と言うほど集めてしまうことだろう。


 俺は普段から奏と接していて、多少なりとも耐性があると思っているが、それでも何度も見てしまっていた。

 見ないようにしても彼女が動く度にふわりと服も動き、彼女から漂う甘い香りが鼻腔をくすぐり、『見ないの?』と煽ってくるようだ。


 気を紛らわそうと俺は、鏡の前で髪を弄る。

 落ち着かない鼓動を抑えようと必死だ。



「有賀っち〜、今日の格好どお? 私的には、なかなか有賀っち好みに出来上がったと思ったんだけど??」


「…………」



 そんな俺の気持ちを知りもしない奏は、神経を逆撫でしてくるように、言ってくる。

 俺が無言で黙っていると、横から頰を突き「どうなのー」と構って欲しそうにアピールをしてきた。


 それでも黙って準備を進めていると、



「……似合ってないなら着替える」



 ぶすっと不機嫌そうな声が俺の耳に届く。

 鏡に映る彼女をちらりと見ると、すでに後ろを振り返ってその場から去ろうとしていた。


 やばい……。

 俺は振り向き、彼女の肩を掴む。



「似合ってるから。ただ、恥ずかしくて言いづらいだけで……」


「…………」


「いや、その……なんていうか。そういうのを褒めるのが苦手なんだよ、俺……」


「にしし、そっかそっか〜。よかったぁ」



 ようやく俺の方を見た奏は、頰を赤らめ嬉しそうにはにかんだ。

 それから、距離がまた近くなり猫のように戯れついてくる。


 ……無駄に破壊力があるんだよな。



「そういえば、デートなのになんで家集合にしたんだ??」



 俺は、胸の高鳴りを紛らわそうと奏に訊ねてみせた。

 その質問にぴんと来ていないのか、奏は可愛らしく小首を傾げている。


 ……そんなに変な質問かな?

 普通、デートと言えば“駅前での待ち合わせ”や“車で彼女を迎えにゆく”のが定石だと思う。


 フィクションでもそうだが、大抵は一緒に住んでいてもわざわざ駅で待ち合わせしたりするなど、これが常識で定番とされている。


 何故なら、デートという日常ではあるがある種のイベント事であり、特別感が存在するからだろう。

 ただ2人で出掛けることも“デート”と言ってしまえば、途端に特別な意味を持ち、意識せざるを得ない。


 なのに……何故?

 奏は駅前で待ち合わせにしなかったんだ?


 奏の私服で駅前でいれば、ナンパホイホイになって面倒だったからか?

 いやいや。奏はあしらうの上手そうだし、寧ろ俺に今日の私服を見せつけて動揺させるのを楽しむことだろう。


 じゃあ、あれか?

 俺が仕事で忙しくて疲れて起きられないのを考慮したとか……うん、これが有力な説だな。



「なんかー、失礼なこと考えない?」


「ははは……まさかまさか」


「…………」


「すまん」


「嘘下手すぎー」



 失礼な自己解決を見透かされ、俺はため息をつく。

 ほんと、昔から察しがいいよなぁ。


 隠したいことも何も隠せないじゃないか……。



「とりあえず有賀っち。家に来たのには、ちゃんと理由があるんだよ」


「理由ね〜。俺にはよくわからないけど」


「ハハハッ。そうかもね〜」



 奏は苦笑して、自分の荷物を手に持った。

 いよいよか……。


 デート前の言い難い緊張感が生まれる。

 俺も覚悟を決めよう……。

 元嫁以来、久しぶりのデートだけど、大人として男として最良のエスコートをしないとな!


 そう、気合いを入れ。

 俺はスマホを片手に玄関を指さす。



「さて、じゃあ早速レンタカー借りに行くか! 高級車がいいよな? とりあえずベ◯ツとか乗っとく——痛っ!?」


「はーい。有賀っちはストップ〜〜っ!」



 おでこをぺちんと叩かれ、反射的に『痛い』と口にしてしまった。

 奏は呆れた様子で大きなため息をつく。



「はぁぁ、やっぱりねぇ。そんな予感がしたんだぁ」


「なんの予感だよ……」


「まずは、偏見に満ちたデート観を変えなきゃね〜。いーい、有賀っち! 今日はお金をそんなに使わない“のんびりデート”だよっ!!」



 彼女の発言に俺は首を傾げたのだった。

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