第37話 デートとは価値観のすり合わせ

 


「いや、奏。デートってのんびりすることか? 俺からしたら『彼女を喜ばせて、それで生まれる笑顔に満足して頑張ろうと思えるもの』それがデートだと思ってたんだけど。楽しい時間の共有がデートだろー?」


「ゔっ、色々とツッコミたい。でも、間違ってはいない部分はある! けど、有賀っちがそれを口にすると違和感しかないの~~~っ!!」


「えっと、大丈夫か奏?」



 頭を抱え、唸り声をあげる奏の様子を窺う。

 俺のそんな様子に、彼女はやれやれと肩を竦めてみせた。



「ねぇ。私の偏見だったら悪いからさ、ひとつ確認だけど……」


「うん?」


「有賀っちは、高校生の時とかに恋人はいなかったんだよね?」


「ま、勉強ばかりだったからなぁ。悲しい話だけどいなかったよ。あんまり思い返したくはないが、男女交際と言えるほどの付き合いは元嫁ぐらいだし」


「うん……。なるほどね……わかった」



 奏はすこし考えているように間を置き、やがて納得したようだった。

 それから俺の鼻先にびしっと指を突きつけてきて、強い意志がこもった眼で見つめてくる。

 突然、突きつけられたもんだから俺の体は若干のけ反った。



「じゃあ、私とのデートでは今までの考えは封印でお願い!」


「封印?」


「だって、私は嫌だよ。身の丈に合っていない範囲で無理されても心配になるし……。デートって本来は、心配事を抜きにして楽しいものなんだよ? 特別な日に、特別に出掛けて心も体も楽しさで癒す。それがデートじゃないかな」



「これは私の理想論だけど」と付け足して言い、寂しそうに笑う。

 そんな彼女の表情を見ていると、俺の心がざわついた。

 自分のスマホに表示されているレンタカー予約画面をそっと閉じる。



「たしかにね、『プレゼントどうしよう……喜ばせるには、驚かせるにはどうしよう』って、そういう風に考えてもらうこと自体に喜びを感じる人もいるかもしれない。けどさ、それってずっとは上手くはいかないよね。いつかは飽きは来るし、それに満足したら次はもっと高いのが欲しくなっちゃうんじゃないかな……。そういうこと有賀っちは、心当たりあるんじゃない……?」


「……そうだね。言われてみればその通りだよ。心当たりがありまくりだ」



 彼女の好きなところに行って、好きなものを買って、派手好きな彼女の要望に応えて……。

 最初は凄く喜んでくれたのに、次第に喜んでくれなくなった。

 それでも喜ばせようと色々するのは、お金がかかって彼女以外のものを全て削ぎ落していった。


 今では、なんであそこまで出来たのかわからない。

 でも、デートと聞くと当時の強烈なイメージをどうしても意識してしまうのだ。


 近くで俺を見ていた奏だから、そう言ったことにも気づくのだろう。



「デートってさ。本来、色んな側面と意味を持ち合わせていると思うんだぁ」


「色んな意味?」


「うん。これはあくまで持論だけど、楽しい時間を過ごす中で『価値観のすり合わせ』をすること……それをデートって言うんじゃないかな? だから、付き合う前、付き合った後もそして結婚してからも“デート”という言葉が共通で使われるんだと思うの。それを確かめる必要が一緒に居る上で必要だから……」


「価値観か……。これが合わないと苦労するもんな。後々になって気づいたりとか、付き合う時は見えなかったけど、結婚してから知ったことは俺も多かったよ」


「難しいよね……」


「ああ」



 元嫁の変貌っぷり……いや、俺が恋に対して盲目になり気が付いていなかっただけかもしれない。

 でも、改めて考えると合わないことが多かった。


 お金の使い道、好きな食べ物、見たいテレビ……などなど。

 妥協して譲って、それがトラブルを避ける上で正しいことだと思って俺は行動してきた。


 それは、嫌われたくなかった。

 壊したくなかったから……。


 でも、呆気なく壊れ——奏によって気づかされている。


 考えを巡らせる俺に奏は優しく微笑んできた。



「色々言ったけどさ。結局は“相手を大切にしていることがポイント”なんだよ。それは一方通行ではなくて双方向性でこそ成り立つものじゃない?」


「お互いに相手を思うってことか……」


「そ。簡単に見えて、永遠のテーマみたいだけどね。つまりは、片方だけを満足させるのはデートじゃなくて貢いだだけ。アイドルに金をつぎ込んだのと一緒だね」


「貢いだだけか……はぁぁぁぁ」



 俺は盛大にため息をつき、その場で項垂れた。


 ……貢いだだけ。

 その言葉が何度も頭の中でリピートされる。

 確かにその通りだけど、自覚してしまったら後悔の感情が込み上げてきた。

 “今まで貢いできた金があったら”と考えるだけで、ため息しか出てこないよ。



「いや、そんなに落ち込まないでよ~っ。確かに辛辣な言葉だったかもしれないけどさぁ」


「……今までの価値観が全て崩壊してんのに、落ち込まないわけないだろー」


「あ、でもほら! 直ぐに崩壊するということは、有賀っちの中でも疑問に思っていたんだと思うよ!! だからそれが解決できたってプラスに……」


「それもそうだけど……。まだ腑に落ちない部分もあるんだよなぁ」



 今まで培われた価値観は、そう簡単に全てを変えることは出来ない。

 新しい考えは根底を覆し、俺を疑心暗鬼にさせてくる。



「ねぇ有賀っち。今は色々と悩むことはあると思うけど。まずは私と時間を共に過ごして、それから考えてみるでいいんじゃないかな??」


「それから考えるか……」


「そうだよ。今日のデートで『こういうデートもあるんだ』って知れば、考えも固まってくると思う。対比するものがあれば、人ってわかりやすいでしょ? 焦らなくていいし、ゆっくりと自分のことを考えていこうね」


「いいのかなぁ~。そんなのんびりして」


「もちっ」



 彼女は元気よく返事をすると、屈託のない笑いをした。

 得意気な顔になり、胸を張る。



「だから、今日は全面的に私に任せてねっ! そのために家まで来たんだからっ」


「え、そうなのか?」


「うんっ! 有賀っちのことだから、サプライズとかで散財しそうな気がしてたし。色々とお金を使いそうだったから、デートまで気が気じゃなかったんだよ。止めても勝手に買う可能性もあったしさ」


「はは……。見事な予想に、笑いしか出ないわ」


「ふっふっふ~。私には有賀っちの行動が手に取るようにわかっちゃうからね」


「……ストーカー的な感じ?」


「違うよ!! そこはせめて『愛の強さ』って言ってよね!?!?」


「ははっ。自分で言うなよ、自分で」


「え~っ。いいじゃん別に~」


「でも口にし過ぎると安っぽくならないか?」


「それはわかってるけど、言わなきゃ伝わらないでしょー」



 ジト目を向けられ、俺は思わず苦笑した。

 高校生の頃、途中から懐いてきた奏をあくまで先生と生徒と思っていたし、言われるまで気のせいだと思うようにしていた。

 そんな過去があるから、彼女は今でもストレートに伝えてくるわけだ。


 そう思うと、それが未だに続いているのがなんだか恥ずかしくて…………でも、嬉しく思えた。


 お互いに目が合うと、「ぷっ」と思わず笑いが零れる。



「じゃあ、いこっか有賀っち!」


「おう」



 こうして奏主導によるデートがスタートすることとなった。




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