第34話 姉との帰り道【響視点】 後編

 


「……確かにフラれてますね。完膚なきまで綺麗さっぱり、ズバッと斬られた感じで」


「はは……響は言うことがストレートだよね。マジで、遠慮ないって」


「……素直に率直にグーパンチが私のモットー。それに、雨宮家の女性たるもの『何事も全力で。仕留める時は一瞬で行うべし』ですから」


「はぁ、いつからそうなったのよ……。ってか、また勝手に家訓を作らないでよねぇ」



 姉さんは、大きなため息をつきます。

 ただそこに憂いた表情はなく、苦笑いをする程度でした。


 ——あの時の姉さんのことは、よく覚えています。


 フラれて家に帰った後は、本当に落ち込んでいて、ようやく部屋から出てきた時は目を腫らしてました。

 それに、家族の前で一生独身宣言をしていましたし……。



「……そういえば姉さん。結婚するのがスタートではないと言っていましたが、どういうことでしょうか?」


「ほらだって、ただ一言“結婚する”としても経緯って違うでしょ? 大恋愛の果てかもしれないし、もしかしたら脅されて無理矢理かもしれない」


「……脅し……えっと、それは極端な例だと思いますが」


「アハハッ! 確かにそうかもね! でも、今回のは似たようなことなんだよ」



 私の頭を犬のようにくしゃくしゃと撫で回し、それから撫でるのを止めると、微笑みを向けてきました。



「……似たようなもの? 私からしたら、受け入れればいい話だと思いますよ」


「ううん、そうじゃないよ。確かにね、人によっては幸せと割り切れるかもしれない。けど、有賀っちは『他人の人生を歪めてしまった』とか『これでよかったんだろうか』と、一生悩むタイプだよ」


「……え、面倒くさいですね。そんなに悩むことですか?」


「悩むよー。まぁ、響は恋したことがないからわからないかもだけどね〜」


「……むぅ」



 そう言われると、何も言い返せません。

 恋愛話が好きな周りのクラスメイト。

 みんなが何故、そんなにも盛り上がってるのも理解不能です。

 何をそんなに一生懸命なのか……どうして労力を割くのか……。


 うーん。

 これは、どんな学術的問題よりも難しいかもしれません。

 不合理で不確かなものに時間をかける意味が……。


 私が難しい顔をして考えていると、姉さんが「夢中になればわかるよ」と優しい表情で頭を撫でてきました。


 女の私でもドキッとしてしまう魅力的な微笑を浮かべて……。

 うん、こういう表情はズルいと思います。



「私の“付き合う”と有賀っちの“付き合う”は、意味合いがかなり違うと思うんだ」


「……よくわかりません」


「ほら、私って学生でしょ? 対して、有賀っちは社会人。そこまで言えばわかるよね」


「……結婚がチラつくということですか?」


「そういうこと! まぁ学生でも考えてる人はいるかもしれないけど、社会人の方がその意識が顕著に出るんだよねー。だから、余計に付き合うのも慎重になると思うよ。それに、有賀っちは……」


「……一度失敗しているから余計にってことですね」


「うん……そだね」



 悲しげな顔の表情の中に、僅かな怒りの感情が見え隠れしている。


 姉さんも思うところがあるのだろう。

 自分の大切な男性を浮気して捨てた女性に……。

 以前に会ったことがあるそうですが、その時は飛びかかりたかったそうですし。


 でも、感情を抑えれるのは、姉さんの強みかもしれません。


 私が姉さんを横目で見ていると、唇をぎゅっと噛み締めて、それからふぅと息を吐いた。


 すると、いつものニコニコとした姉さんに戻っていました。




「これは私の考えなんだけど、聞いてもらってもいい?」


「……はい、もちろんです」


「ありがと。これからね、私が目指さなきゃいけないのは……“彼の1番の理解者にならないといけない”そう思ってるんだよね」


「……理解者ですか」



 今のままで既に十分では?

 と、思ったことを私は飲み込みます。


 ここで水をさしては、姉さんの考えを聞かなくなってしまいますので……。



「そう理解者。ほら、付き合うのは自由で、結婚って自分の選択で結婚するものに見えるけど、実際はそうじゃないでしょ?」


「……付き合うのは口約束。結婚は書面での契約だと思いますよ?」


「ああ、もうッ! 確かにそうだけど!! そうじゃないでしょ〜!」



 姉さんは、私の返答に不満そうに口を尖らせました。

 それからため息混じりに、話を続けます。



「だって結婚は、絶対に周りを巻き込むじゃん。家族から、親戚から、相談すれば友達にだって。付き合うとはわけが違う。結婚するって、それだけ重いことなんだよ。沢山の人の人生を変えることにもなるんだからっ」


「……なるほど。確かに、姉さんが兄さんと結婚すれば、義兄となり、巻き込まれることになりますね」


「うん。だから家族になるのは、安易な選択では出来ないし、一度別れて失敗したことは家族に対して申し訳ないんだと思うよ」


「……同情はしてくれるかもですよ」


「まぁね。でも、同時に心配されるんじゃないかな。『今度は大丈夫なの?』とか『立ち直れるかな?』とか……きっと、色々な感情が渦巻いてると思う……」


「……理解しました。だから、姉さんは色々な意味も含めて“兄さんの理解者”になるということなんですね」


「うん!」



 姉さんは力強く頷き、それから伸びをする。

「さぁ頑張るぞ〜」と拳を空に掲げた。


 たまに見せる姉さんのそんな仕草が微笑ましく、私はついにやけてしまいそうになります。

 当然、見せるのは恥ずかしいので我慢ですけど。



「……姉さんって、達観してますね。昔はもっと尖ったウニみたいでしたのに」


「ウニってあんたね〜……。まぁ、否定は出来ないけど」


「……姉さんの変わりようは、私としては嬉しいですけどね。今の姉さんの方が好きですし」


「ははっ。ありがと! でも妹に言われると恥ずかしいね〜」



 姉さんは、頰を染め照れ臭そうに笑いました。

 本当に、昔と違って感情表現が豊かです。


 そんなことを思っていると、信号に引っかかり足を止めました。

 一瞬の沈黙が訪れると、姉さんが徐に口を開き、語りかけるような口調で話を始めます。



「確かに、昔は色々あったけど。だからこそ、ひとつひとつの繋がりって大事で大切にしないとって思うんだぁ」


「……繋がりですか?」


「うん。だって……人を大好きになる気持ちも、大好きな人を失う気持ちも——私には、わかるからね」



 そう言って微笑む姉さん。

 その目は澄んでいるようで、何か決意めいたものを感じとりました。


 やはり……。

 私より大人です……相変わらず勝てません。

 人間力というべきなのでしょうか?

 比べ物にならないですね、本当。


 私は苦笑して、姉さんを真っ直ぐに見ました。



「……姉さんは凄いですね。経験豊富です」


「ふふっ。それはお姉ちゃんだからねっ! ちょっとぐらい威張らせてよー」


「……肝心なところでチキンになるのが、直ればいいですね」


「一言余計よ、響〜」



 姉さんは、嬉しそうに笑います。


 どうして、姉さんは“恋愛という面倒なやりとり”に笑っていられるのか……私には理解は出来ません。



 でも——羨ましくは思ってしまいます。



 姉の表情、生き生きとした様子。

 一生懸命なひたむきさが、私には眩しいです。


 私も恋をすれば、人の感情にもう少し鋭くなるのでしょうか?


 うーん……わかりません。

 けど、今言えることは——。


 姉さんには、幸せになって欲しい。

 それだけは間違いないです。

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