第33話 姉との帰り道【響視点】 前編



「……姉さん。あれでよかったんですか?」



 ――帰り道。

 私の手を引いて歩く姉さんに、そう質問をしました。



「いいも悪いもないよー」



 姉さんは一言だけ口にすると、また前を向いてすたすたと足を進めます。

 関係が進まなかったことを気にしていないのか、目が合うとにこりと笑うだけです。



 ——解せません。

 大変、解せません。


 何故あんな選択をしたのか、私にはわからなかった。

 姉さんが結論を先延ばしにしている理由が……。


 陥落手前で手をこまねいているのでしょうか。

 わからないです。

 理解不能……これだから、感情というのは難しいです。


 断る言葉を口にしたら、言いくるめる自信はあったのに……私の計画はパーです。


 姉さんの幸せ家族計画は台無しになってしまいました。




 ――有賀慎太郎。

 社会人4年目のまだ若手。

 優しくて、お人好しで、仕事ができることから、仕事仲間からの評判は良好。


 生徒からも人気があり、彼の所には人生相談をする人が男女問わず多いです。

 それは、一重に彼が押し付ける先生ではなく、話を聞いて生徒に寄り添い……そして、全力を尽くすからでしょう。



 とてもいい先生です。

 そこは、私も素直にそう思います。



 私もそこに救われましたから……。



 ですが……その働きっぷりは、自己犠牲精神と言ってもいいかもしれません。

 全てを抱え込み、悩んで、どうにかしようとして……。



 はぁ、私からしたらじれったくなります。

 もっと頼った方がいいと思いますから……。



 だから、離婚の話を聞いた時、救われて欲しいと思いました。

 今まで、頑張ってきても報われてこなかった分、今度こそは幸せになって欲しいと……。


 包容力が身に付いた姉さんと見事に結ばれれば、それは疑いようのないことだと思います。

 姉さんはベタ惚れですし、後は少なからずよく思っている兄さん次第ですから。


 それなのに——。



「逆に響は何が悪いと思ってるの?」


「……こんなに一緒にいて、結論なんて見えてるのに踏ん切りがつかないことです」


「あー、なるほど。“男として情けない”とかかな??」


「……その概念では語りたくないですが、『ハッキリしなさい』とは言いたいですね。どう考えても、姉さんと一緒になるのが正解ですし、今回は押し切ればどうにかなったと思います」


「ハハハ……どうにかって物騒だね響」


「……事実を口にしたまでです」



 私が不満を伝えるように言います。

 姉さんは悩んだ素振りを見せてから、人差し指を顎に当てる。

 それからこう呟いた。



「正解なんてないんだよね。世の中、自分が選んだ道を正解にしていくしかないんだから」


「……??」



 姉さんの言ったことがよくわからず首を傾げてしまいます。



「えーっとね。これは考え方や捉え方の違いで変わるんだけど。例えば、何かを失敗してしまっても次に成功すればさ、『先の失敗はこの成功のためにあったんだ! だから間違ってなかった!!』ってなるでしょ?」


「……確かに。まぁ結果論ではありますが」


「そうそう。だから、あの場面で私のとった選択は私は間違ってないと思うんだ。響から見たら違うかもしれないけどね」


「……そうですね」


「それに例えば今回、響のやったことが成功して付き合えて、結婚となったとして、それで胸を張って幸せと言えるのかな?」


「……念願叶って幸せなのでは?」


「結論はそうだけど、人の感情は理屈や理論じゃないよ。“終わりよければすべてよし”なんて、中々ないんだから。まぁ、そもそも結婚を終わりとする位置付けはおかしいよねー」


「……確かに、その後の人生を共に過ごしますから。色々な苦労があると思いますが、結婚というスタート地点に立たない限り始まらないのではないですか?」


「私のスタート地点は結婚じゃないかなぁ〜」



 姉さんはそう言うと天を仰ぎ、何かを懐かしむような遠い目をして頰を緩めました。

 何に想いを馳せているかわかりません。


 けど、私が知らない何かを思い出しているのでしょう。


 私にその姿を見せるのが、恥ずかしかったのかもしれません。

 姉さんは、可愛らしく“コホン”と咳払いをして誤魔化してきました。



「私は出会ったその日から、有賀っちとの関係はスタートしてるんだよ」


「……え、実は肉体関係があったの……ですか?」


「バカッ! ないわよそんなの!!」


「……冗談です。ほんと、姉さんは奥手ですね」


「奥手って……。私、過去に勇気出して告白して……フラれてるんだけど?」



 姉さんがげんなりとした様子でため息をついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る