第29話 来てくれると思ってました
「なんか、ずっと動き回ったなぁ~」
「はは、だね~」
仕事が終わり、自宅に戻った俺は恒例となった晩酌を奏としようしていた。
だが、いつまで経ってもお酒を用意する気にはなれず、互いにテーブルで項垂れる形になっていた。
「飲んで『ぷはーっ!』とやりたいって言うのは、こういう日なのかもー。流石に私も疲れたわ〜」
「俺もだよ。ビールがきっと美味しいんだろうなぁ」
「へ〜。わたしもビールデビューしよっかな……でも、酔い潰れそうなのが心配ー」
「俺もだよ。それにしても、奏が目に見えて疲れを見せるなんて珍しいな?」
「ハハハ……」
奏は力なく笑い、机に突っ伏してしまう。
いつもは、底知れない程の体力の持ち主なのに珍しいこともあるな。
根性はあるし、体力お化けみたいなのに……。
「ねー、有賀っちー?」
「うん?」
「今、『体力お化け的な部分があるのに珍しい』みたいなこと思ったでしょ」
「なんのことだー? そんなことより、早く飲むか」
「こらー、てきとーに話流すな〜」
俺の頭をペチペチと叩き、不満を伝えてくる。
本当は今すぐにでも飲みたい、そんな気分……。
けど、今日はお酒を飲んだら一滴でも爆睡してしまいそうである。
……久しぶりの響ちゃんとの遭遇といい。
今日は何かとある日だよなぁ。
昼間からバタバタとすれば、仕事では何故かトラブルが続く。
生徒が来なかったり、泣き出す子がいたり、人生の悩みを相談されたり……と、今日は一日、心理カウンセラーをしているみたいだった。
こういった『何かある日』は、不思議な因果があり全てが重なってしまうものだ。
俺がそんなことを考えてぼーっとしていると、奏が自分の存在をアピールするように、触れるか触れないか微妙な距離で手をかざしてきた。
「……おい、むず痒いんだが」
「えへへ〜。なんか、つい悪戯したくなっちゃって」
「ほどほどにな」
「もちっ」
にへらと笑い、あどけない表情を見せてくる。
普段とのギャップに、俺はドキリと心臓を高鳴らせた。
……こういうのは、ずるいって。
俺は、ふぅと息を吐き天を仰ぐ。
若干熱の上がった顔を冷ますために、手でパタパタと扇いだ。
それから気分を変えようと立ち上がり、つまみを探す。
しかし——
「あ、酒のつまみがないや」
「えー、そうなの? だったらなんか作ろっか?」
「ん~。でも今日はいいよ。奏も疲れてるだろうし、外で買ってくる」
「今から? 全然大丈夫だから、私が作るって」
「今日は休んどいてよ。それに、今日はなんだかコンビニスイーツが無性に食べたい気分なんだ。ほら、あるだろそういう現象って」
「あはは! 何それ~。でもちょっとわかるかも」
「だろ~」
カップ麺が食べたくなったり、ファストフードが欲しくなったり、そういう心理の流れ……俺はそれを言い訳にして、立ちあがろうとする奏を座らせる。
疲れてる奏に作らせるのは悪いし、ゆっくり休んでもらわないとな。
「やっぱり、私もついていこうかな~。有賀っちが心配だし」
「大丈夫だって。子供じゃないんだし、ダッシュで買ってくるよ」
「うーん。……じゃあプリンよろしくねー」
「オッケー。んじゃ、行ってくるよ」
リビングから手を振る奏に、片手を挙げて返事をした。
外に出ると半袖ではやや肌寒かった。
俺は両肩を擦り、「さむっ」と反射的に口をする。
そのまま暗くなった空を見上げると、多くの星が輝いていた。
「……星を見ながらゆっくり過ごす。そういうのもありだよな」
月見ってほどではないけど、公園で星を見上げながらお酒を飲む。それは日常だけど、非日常に感じて楽しいかもしれない。
別に公園じゃなくて、土手とか河川敷とかでもありかなぁ〜って………ん?
——脳裏に今日の出来事がふと蘇る。
思い出されたのは、接することに苦労した妹との記憶……。
それがつい1年前の過去と結びつけてきた。
「今日の……あの言い方って——まさか!?」
俺は慌てて走り“ある場所”に向かう。
コンビニではなく、いないでくれた方がいいある場所に……。
これが勘違いであって欲しいが、嫌な予感が俺をその場所へと誘っていた。
高校生にもなって勘弁してくれよ……。
その場所に到着して、俺は辺りを見渡す。
久しぶりに走ったから、肩で息をして額には汗が滲んでいた。
膝に手をつきなんとか落ち着こうと呼吸を繰り返す俺に、近づいてくる足音がする。
俺は音の方を見て、大きなため息をついた。
「ハァハァ……。こんな時間……ダメだろ。補導されるぞ……」
「……知ってますか? バレなきゃ犯罪じゃないんですよ」
「あほか……今、何時だと思ってるんだ」
「……日付が変わる頃ですね。でも来てくれると思ってましたよ——兄さん」
残念ながら、俺の嫌な予感は的中してしまったようだ。
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