第27話 生温かい視線

 


 4人で昼食を一緒にとることになり、俺達はフードコートに来ていた。

 姉妹揃って料理をとりに行ってしまい、ここには俺と敦が残されている。


 さっきまで魂が抜けたようにポカーンとしていた敦だが、今は元に戻っていた。

 けど、何やら不満があるようで頬杖をつきながら、不満そうな視線を向けてきている。



「どうした敦。こっちを見てても、仕方ないぞ?」


「どうしたもこうしたもないよ。はぁぁ、なんで慎太郎ばかり」


「まぁ、両方とも面倒見ていた生徒だからなぁ〜。その分、繋がりはあるよ。最後まで辞めずに面倒みたしね」


「でも僕の教室に、ここまで仲が良くなるとかないんだけど……」



 敦が大きなため息をつき、テーブルの上で項垂れる。

 そして、顔だけをこちらに向けた。



「……慎太郎。僕はもう駄目だ。美人姉妹と平然と話す慎太郎を見て、今にもその眩しさに死んでしまいそうだよ……」


「はは、なんだよそれ」


「だってそうだろ〜? あんな目を惹くような2人を前にして、動揺のひとつもないじゃないか」


「そりゃあ、教えてれば慣れるよ。接する回数が増えれば、それだけね」


「いいっすね〜。慎太郎は〜。これだからモテ男は困っちゃうよー」


「棘がある言い方だなぁ。俺だって、最初からこんな風に話せてたわけじゃないんだ。それなりに苦労してる」


「えー……。全く想像つかないんだけど……」



 疑うような目を向けてくる敦。

 俺が言ったことを1ミリも信じていないような目だ。


 ……正直に答えたのになぁ。


 俺はお茶を飲み、ふぅと息を吐いた。

 敦に話していると、彼女達の面倒を見た日々が昨日のように思い出される。


 捻くれた姉に、持ち過ぎた妹。

 今でこそ仲がよく見える姉妹だが、最初からこうだったわけではないのだ。


 ま、今が良ければ昔の苦労なんて屁でもないけど。

 くすっと笑う俺を見た敦は、眉を寄せ口を開こうと——



「あれれ〜、有賀っち。また黄昏てない〜??」



 敦が喋るより前に、料理を受け取ってきた姉妹が戻ってきた。

 席に座るなり、にやにやとした顔で見つめてくる。



「黄昏てないよ。ただ、ちょっと考えごとをしてただけ。ほら、たまにあるだろ? 物思いにふけて、考え込む時がさ」


「アハハ! なにそれ~。なんかそれ気になるんだけど」


「大したことじゃないから気にすんな」


「えー、教えてよー」


「子供かっ! 脚を蹴るなって……」



 テーブルの下で、俺の脚を何度も蹴ってくる。

 見た目は大人っぽくて美人なだけに、こういった子供っぽい仕草には不覚にもドキリとしてしまう。


 俺は、そんな心の動揺を誤魔化すために自分のポテトを無心で食べる。

 頑なに言わない俺の態度に、奏は「有賀っちのケチ……」と言い、不機嫌そうに鼻を鳴らした。



「……問い詰めたら可哀想ですよ」


「でも、気にならない?」


「……男性が話せない理由は決まっているので仕方ないかと思います」


「ふーん。そういうの初耳なんだけど、どういうの?」


「……十中八九エロいことです」


「え……? 流石にそれはないんじゃない? 誠実な人も多いって」


「……そうでしょうか? 大半は、猫を被っているだけかと思いますよ。何故なら男性の脳内構造は、煩悩と快楽と欲望で出来てますから。考えてない時がありません」



 響ちゃんの理論に敦は苦笑いだ。

 まぁ、敦みたいに煩悩まみれには耳に痛い意見だったのだろう。


 ……このままだと、よからぬ方向に行きそうだな。


 俺は「コホンッ」とわざとらしく咳払いをして、話の腰を折ることにした。



「響ちゃんの偏見は凄いなぁ……。奏、妹がてきとーなこと言ってるけど真に受けるなよー?」


「わかってるって! 私、そんな馬鹿じゃないからっ!」



 不服そうに頰を膨らます。

 つい突きたくなってしまうような誘惑に負け、俺がその頰を突く。

 すると、ぷすっと空気が抜ける音が出た。


 突然のことで驚いたのだろう。

 奏は俺をジト目で見て、何やら言いた気である。



「ちょっと有賀っち〜?」


「はは。ごめんごめん。そんな顔されるとつい……な」


「ふ〜ん?」


「なんだよ」


「いやいや、もしかしてだけどぉ。いつもそうやって、他の子とかにもやってんのかなーって。やり過ぎて、セクハラで訴えられても知らないよー?」



 からかうような口調で奏は言った。

 薄い唇を吊り上げて浮かべたのは、思いのほか人懐こい笑みである。



「誰にもはやらないって。生徒には“ドントタッチ”が基本だからな。だから触れることはないな」


「そうなんだ。でもさ、受験前に頭を撫でて慰めてくれたことがあったよね?」


「…………勿論、例外はあるよ」


「あらあら~? いいのかなぁ~? 触れないと言っておきながら、触れてますけどぉ??」


「……からかいやがって」



 俺は嘆息して、奏から目を逸らす。

 すると、自分の存在をアピールするように俺の手をパチパチと叩いてきた。



「アハハッ! 怒んないでよ有賀っち! 私は有賀っちに触れてもらうことが好きだからさ、寧ろウエルカムだって」


「そっか……って、なんで頭を差し出してるんだ?」


「せっかくだから、撫でてもらおうかな~って。最近、こういうのなかったし。なんだろ? 高校生に戻った的な?」


「確かに、褒める時や慰める場面って大学生になってからなくなったよな」


「でしょでしょ~? だからここは、ひと撫でどうぞ」


「そう言われてもな……」


「ささっ、早く有賀っち。頭が疲れちゃうからさ」



 ……仕方ない。



「よしよし、いつもありがとな」


「………………」


「無言だと……反応に困るんだが」


「いや、なんかさ。これ、思ったより……恥ずかしいね?」


「だったらやらせるなよ……」



 顔を赤らめ、目を伏せる。

 はにかみながら微笑むもんだから、こっちまで恥ずかしくなってきた。




「あのー、お二人さん? 僕たちがいるのを忘れ——痛ぁっ!?」


「……水を差すことはやめましょう。せっかく楽しそうですので」


「はぁ……それもそっか。君は優しいんだね〜」


「…… 雨宮家の女性たるもの『身内の幸せのためにはひと肌脱ぐべし』とありますので」



 隣でそんな会話が聞こえ、俺と奏は食事中ずっと生温かい目で見られることになった。


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