第25話 妹は策略家?

 

 俺と奏は見つめ合い——なんとも言えない空気が流れる。


 知ってはいけない秘密を知ってしまった。

 ……そんな雰囲気だ。


 こうなれば、俺と奏がとる行動はひとつ。



「あはは……有賀っち。嫌だなぁ~。もしかして、女性の下着を見に来る趣味でもあったの~? ぷぷっ、とんでもない趣味を見ちゃったねッ!!」


「……えーっと。そうだなぁ~。そういう趣味があるから、俺の目から隠すために、その下着を置いてきた方がいいよ」


「そだね……。いけない、いけない……危険だから早く置いて来ないとー」


「奏はうっかり屋さんだなぁ~」


「「ハハハ……」」



 何とも言えない茶番を二人でこなすだけである。

 頰をほんのりと赤く染めた奏は、下着を抱え恥ずかしそうに去ってしまった。


 こちらからは見えない位置に消え、恐らくは顔の火照りでも冷ましに行ったのだろう。


 ……そうだ。

 俺は何も見なかった……うん、これでいい。

 奏は昔から強がりな部分があるからな、彼女のためにもそうしてあげよう。


 そんなことを考え、うんうんと頷いていると背中をぽんっと叩かれた。



「……お久しぶりです。兄さん」


「久しぶりだね、響ちゃん。えっと、中学卒業以来かな?」


「……はい。85日と約14時間ぶりです。あの節はお世話になりました」


「ははっ! 相変わらずな感じだね。元気そうでよかった」



 一定のトーンで抑揚のない喋り方……つい、三か月前なのにかなり懐かしく感じてしまう。

 彼女の名前は、雨宮響あめみやひびき

 奏の妹で去年卒業した塾生で、現在高校1年生である。


 背は奏よりも小さく小柄だが、瞳の大きさとかは姉と同じだ。

 髪は染めてないので、サラサラとした黒い髪は肩のあたりで短く揃っている。


 性格は奏と同じで意志が強く、中々に頑固だ。

 でも根はいい子で、ちょっぴし変わったところもあるが、姉思いな妹である。


 姉のことがキッカケで俺のことを「兄さん」と呼んで慕ってくれていて、“慕ってくれる”というその事実だけ見れば、それは嬉しい話かもしれない。

 だが、どこでもその呼び方をしてくるから色々と誤解を生んだし、彼女の授業を担当するのは中々に大変だった。


 まぁでも、たくさん苦労はしたけど……今ではいい思い出である。



「響ちゃん、今日はどうしたんだ? 平日だし、学校じゃない?」


「……雨宮家の女性たるもの『姉の手伝いを全力でせよ』ですから」


「つまり、サボりということかな?」


「……雨宮家の女性たるもの『優先順位を誤るべからず』です――にゃっ!?」



 俺が軽く頭にチョップをすると、響ちゃんから猫みたいな声が出る。

 そして、キッと俺を睨むように不服そうな眼を向けてきた。



「……痛いです、兄さん」


「ったく、また勝手にやって。そういうのは禁止って言っただろ?」


「……暴力反対。いえ、暴力は変態です」


「勝手に人を変態呼ばわりするなよなぁ」



 俺はため息をついて肩を竦めてみせた。


 こんな風に響ちゃんは独断行動が多く、姉妹揃って突飛なことをしでかす。

 奏とは違って、今回みたいな『学校をサボる』みたいなことをするので注意が必要なのだ。


 たぶん、彼女の態度から察するに奏が心配でついてきたのだろう。

 奏は引き剥がすのは無理と諦めたんだろうなぁ~。


 姉思いで、姉のことになると暴走して……悪い子ではないんだけど。

 心配なんだよな、色々と……。 



「母親に知られて怒られても知らないぞ?」


「……問題ないです。予防線は何重にも張りましたので、ぬかりはありません。裏工作から万事大丈夫です」


「はぁぁ……相変わらずだけど、どうせ――」



 ――ピロン。



 響ちゃんの方からスマホの音が鳴った。

 その音を聞いた途端、響ちゃんの顔が青くなり、ぷるぷると震えながらスマホを見る。



「……雨宮家の女性たるもの『遺書の準備は怠らない』で……す」


「あー……だから言ったのに」


「……無念です」



 まぁ、こんな響ちゃんを実家は当然放置するわけもなく、こうやっていつも怒られている。


 流石に去年1年間で見飽きたと思っていたけど、久しぶりに見ると少しだけ微笑ましいものがあった。

 だからと言って、性懲りもなく繰り返すのはどうかと思うけど……。


 響ちゃんは、眉間にしわを寄せてスマホと睨めっこする。

 そして肩をがっくしと落として、ため息をついた。



「……今度こそバレないと思ったのに。……何故でしょう」


「いい加減、親御さんを困らせるようなことはやめような? 母親には絶対に勝てないぞ」


「……いつもはふわふわほわほわして、お馬鹿そうで余裕そうなのに…………あ」



 ――ピロン。

 再び鳴るスマホの音。

 その音に体をびくっと跳ねさせた。


 そして画面を確認をすると、無言でスマホを鞄にしまう。

 それから俺の前で丁寧に腰を折った。



「……兄さん。私を匿ってください。電子機器に監視されてます」


「懲りないなぁ、本当に。自業自得だから諦めなさい」


「……兄さん美少女を救うチャンスですよ。どうですか? ここは恩を売っておくのも……」


「そんなチャンスはいらん。何だったら、母親を直ぐに電話で呼んでもいいんだぞー」


「……鬼畜ですね、兄さん」



 中身を見なくても、どういう内容が来たのか想像に難くない……きっと、家で叱られるんだろう。

 でも、俺は「暴走を嗜めるようにお願いされてる」からなぁ。

 力にはなれないんだよ。


 響ちゃんは一度俺に背を向ける。

 振り返ると目を潤ませて助けを求めるような目で見つめてきた。


 俺は「だーめ」と首を振る。

 血も涙もないって言われるかもしれない。


 だけど、俺は彼女のことをよく知ってるから、同情しないし相手もしない。

 だって——



「……仕方ないですね。では、次の策を考えることにします」



 凹んでいた様子を見せていた響ちゃんは、はぁぁと息を漏らしてから涙を拭く。

 そんな彼女のポケットからは、目薬らしき物が飛び出ていた。


 ……白々しいほどに急変する態度。

 ほんと、相変わらずだなぁと感心してしてまうよ。


 ある意味成長していない彼女を見て、俺はため息をついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る