第24話 服を買いに来たら


 

「慎太郎……僕は聞いてないぞ」


「敦、お前は会う度にそればかりだな」



 俺は仕事前の時間、敦と一緒に大型のショッピングモールに来ていた。

 出勤が昼からということもあり、開店してすぐに来た感じだ。


『なんで男二人で来ているんだ?』と思われるかもしれない。

 と言うのも、最近はまともに私服を買っておらず、せっかく出掛けるのであれば、身なりだけでもキチンとしよう。


 そう思ったからだ。

 ま、ストレートに答えるのであれば『女子大生と出掛けるのに見栄を張った』ってだけである。


 ただ、こんな『服を買う。デートのために!』という相談は奏にできる筈もない。

 だから、敦に頼んだのだ。


 でも、女の子がいないせいだろう。

 敦は、不満気に口を尖らせている。



「なんで慎太郎と二人っきりなんだよっ!? せめて奏ちゃんを連れてきてよ!!」


「まぁまぁ、男二人でラブラブ買い物しようよ。敦も好きだろ?」


「その『好き』は違う意味に聴こえてしまうから怖いんだけど……はぁぁ」


「ハハハッ!」


「楽しそうだねぇ、慎太郎は……。僕としては仕事前に疲れたくないんだけどなぁ。可愛い子がいれば仕事も頑張れるのに……。なんで、僕だけ……」



 敦は肩を落とし、ため息をつく。

 見るからにがっかりとしているが……理由は残念である。


 敦の教室って、たしか男子大学生ばかりなんだよなぁ。

 しかも、ガチムチ系の……。


 そう思うと誰か紹介をして協力をしてあげたいが、俺は交流関係が断絶してしまったから出来ないんだよね。


 そう思うと、俺までため息が出てしまうよ。



「それで慎太郎。今日は、なんでここに来ることにしたんだ? 昼飯を奢ってくれるって話だったけど」


「いや、男目線で意見を聞きたくてね。今までなんとなく服を選んだり、大学の時の服をそのまま着ていたりしたけど、そろそろ限界だなぁって思ったからさ」


「なるほど。それで僕の意見を聞きたいと……」


「そういうこと」


「ふっふっふ……。いやぁ〜、慎太郎もお目が高い!! ここは会社内でファッションリーダーと名高い僕が見繕ってあげよ〜」


「頼むわ〜。敦って、モテるために美意識高いから助かるよ」


「ハハハ〜、もっと褒めろ褒めろ〜。僕を崇めるんだぁ〜!! あ……でも、なんで急に服なの?」


「奏と出掛けるんだよ」


「…………」



 敦は途端に無言になり、不貞腐れたように目を伏せる。

 心なしかプルプル震えているようだ。



「……慎太郎の服はなんでもいいんじゃない?」


「いやいや、せっかく出掛けるのに、綺麗な子の隣でダサい奴がいるわけにもいかないだろ?」


「……けっ。デートなんて地獄に落ちろ……」


「態度が露骨だなぁ」


「ってか慎太郎はそのままでもモテるから問題ないじゃん! 新卒の時とか、やたらと囲まれてたし!!」


「そうだっけ?」


「そうだよっ! 慎太郎には分かるまい……。話しかけられたと思ったら……毎回、慎太郎狙いから繋ぎ役に任命される……。そんな僕の気持ちがッ!!」


「でも、楽しんでなかったか? いつも騒いでる印象があるけど」


「それでも女性と話したくて楽しくなってしまう……これは悲しい男の性質だよぉぉお〜!!」



 敦は、泣きながら俺の袖を引っ張り、やや大袈裟なリアクションをとった。

 やれやれとかぶりを振って、俺は抵抗を諦める。


 ひとしきり俺を揺らし続けると、ようやく落ち着いた敦が気を取り直すために、自分の顔を叩いた。



「よしっ! 茶番はここまでにして、親友のために一肌脱ごうじゃないかぁ」


「ありがとう、敦」


「いいってことよ! じゃあ、早速服でも選ぶか〜……うん? あれって」


「何かいたか……?」


「いや、僕の美人センサーが反応したんだけど。あそこにいるのって……ほら、ちょっと見てみなよ慎太郎」


「……うん?」



『美人センサー』ってなんだよ。

 という、ツッコミどころを飲み込みため息をつく。


 そして俺は、言われた通り敦が首で向くように促してくる方向を見る。

 そこには、一人はギャル。もう一人は制服姿の女の子がいた。


 近くのソファーに座ってたから、会話が聞こえてくる。



「……姉さん。ここは攻めるべきです」


「いや、でもさー響はそう言うけどぉ。ただ出掛けるだけだよ〜?」


「……そんな甘い考えではダメ。雨宮家の女性たるもの『狙った獲物は逃さない』ですよ」


「いやいや、有賀っちは獲物のじゃないって。それに下着に気合を入れなくても……あ」



 そう、下着売り場にいる二人の女性——それは、奏と妹のひびきだった。


 扇情的な黒色下着を手に持ち、それを姉に見せるようにしている……。

 そんな最中に二人と目がばっちりと合ってしまい、最早気づいていないフリが出来なくなってしまった。


 どう考えても……見てはいけないとこだよなぁ。


 なんとも言えない気まずさはあるが、そこは自分の方が大人だと心に言い聞かせて、平静を装い微笑んだ。

 片手をあげ、まるで“今”気がついたような素振りで歩み寄る。



「よっ……奏、偶然だね」


「な、な、なんで有賀っちがここにいんの!?!?」



 奏が動揺している横で、残りの二人がニマニマと何か言いた気な笑みを浮かべていたのだった。

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