第23話 デートの誘い

 


「奏、さっきの話の続きなんだけどさ」


「さっき??」



 俺の太ももを枕にした奏が仰向けになり、きょとんとした顔で見つめてきた。


 大きな瞳が俺をまっすぐに捉え、ついドキリとしてしまう。彼女の頭が動く度になんだかくすぐったくて、それに耐えようと平静を装った。


 しかも……位置が際どい……。

 パーソナルスペースが近い彼女には、これぐらいが定位置なんだろうけど。



「ほら、行きたいところあるかって聞いただろ?」


「あ、それねっ! でも、無理にはいいよ? 有賀っち忙しいし、休日まで体を張ってたら倒れちゃうって!」


「すげぇ理解があって、その心遣いは助かるんだけど……」



 休みの日。

 たまに嫁がいると、『どこかに連れてって』と言われるのが当たり前だった。


 それもタイミングが悪く、2週間働き詰めで疲弊している時とか……。

 でも、夫婦のコミュニケーションは大切だと思って、欠かさないようにしていた。


 今、考えれば『自分が!』しか言わず、労れるようなことはなかったなぁ。


 だからこそ、この気遣いは涙が出るほど嬉しく思えるし、どうにかして彼女を楽しませたいと思ってしまう。


 ここで言葉に甘えて、休むのは簡単だけどさ……。



「やっぱり……今度、出掛けないか? 体はそんな辛くはないし、最近は仕事も軌道に乗って幾分か楽になったから」


「え……?」



 口をポカーンと開け、目を丸くする。

 それから信じられないものを見たかのように、何度も瞬きをした。


 あ、しまった。

 この誘い方だと、行きたくなかった時に断り辛いよな……。


 無理矢理になったら嫌だなと思い、俺は奏が断りやすいように補足することにした。



「まぁそれでも、奏が行かないならいいんだ。大学の課題も大変だろうし、確かレポートって手書きオンリーなんだろ? だからキツい場合、別に無理に行こうとは言わな——」


「行く」


「うん?」


「絶対に行くから〜っ!!」



 慌てたように焦りの表情を浮かべ、それから急いで体を起こした。

 俺の体を揺らし、子供のように行きたい気持ちをアピールしてくる。



「ゆ、揺らすなって!」


「ごめんごめん〜! デートの誘いに、ついテンションが上がっちゃったぁ……」



 奏は手を離し、「あはは……」と苦笑いをする。

 でもその顔は赤くとても嬉しそうだった。


 ……まさかここまで喜ぶなんて。

 予想外だなぁ。



「『まさかここまで喜ぶなんて』みたいなこと思ったでしょ?」


「……奏はエスパーかよ」


「ハハハ〜、よく言われるよ。鋭過ぎって」


「言われんのかよ……」


「まぁね〜。あれれ? 有賀っち、なんか顔が赤いよ〜?」


「しょうがないだろ……」


「うーん?」



 ニヤニヤと意地の悪い笑みで俺を煽ってくる。

 嘘言ってもからかわれる……。


 俺はため息をついて、それからなるべく素っ気なく答えようとした。



「……こんなに喜ばれると思ってなかったから、気恥ずかしいんだよ。出掛けるだけなのに…」


「だってぇ〜! 今までいくら誘っても来てくれなかったじゃん!! そりゃあ、喜ぶでしょーっ!」


「まぁ、結婚してたら普通は仲が良くても行かないだろ? 同性ならまだしも異性なんだしさ。それに奏が誘ってきたのって卒業のタイミングだから、まだ未成年だ」


「真面目かっ!!」


「それが取り柄だからなぁ〜」


「ゔぅ、その真面目さがいいけど……。ああーっ! もどかしい〜!! でも、一緒に行けるなら万事オッケー!!」


「よくわからない葛藤をしてんだな」


「ふっふっふ〜。デートに行けるなら今の私に敵はなし!!」



 何故か歯を見せ、キメ顔をしてきた。

 所謂、ドヤ顔って感じだけど、うざいどころか可愛いと思えてしまうのは、彼女の特性なのかもしれない。


 でも——。



「で、デートか……」


「なぁ〜に? なんか疑問でもあるわけ〜?」


「いや、デートって聞くとさ。頭の中で『金がどのくらいかかるのかなぁ?』って、頭の中をぐるぐる嫌な計算に支配されるんだよ……。高級レストラン、アクセサリー、バッグ、時計……貢ぐことが頭にな」


「……それは重症だねぇ」


「奏は違うって分かってても、染み付いた考えや癖って中々抜けないんだなぁ〜って、ちょいと嫌になるわ」



 今だからわかるけど、相当貢いでいた。


 プレゼントをあげる。

 サプライズをする。

 彼女を楽しませる。

 彼女を喜ばせる。

 ——彼女に尽くす。


 それが俺と元嫁の夫婦の在り方。

 結婚生活だと、思っていたから。


 あー、馬鹿すぎて笑えねぇ。

 もしタイムマシンがあったら、昔の俺に会って『目を覚ませ!!』と叩いてやるのに。



 けど、あの時があるから……今があるって思えなくもないんだけど。



「じゃあ決めたッ! 今回は節約でお出掛けしよう〜!



 横で悩んでいた様子の奏は手をパチンと叩き、閃いたことを言ってきた。



「節約?」


「うんっ。ほら、さっき『どこか行きたいとこある?』って聞いてきたでしょ〜? だから場所を決めたんだよッ!」


「奏のことだから、節約と言っても日本庭園みたいな所に行くんだろ? それか、華道や茶道の体験とか?」


「偏見ひどっ!? せめて私の見た目通りのイメージで『クラブで踊るの?』って聞いてくれた方がマシだから!」


「いやいや、それもどうなんだよ……」



 普通に言われて、あまり嬉しくないイメージだと思うんだけど?

 なんかチャラチャラしてそうってことだし。


 でも、奏って見た目とのギャップがあるもんな。

 遊んでそうに見えて、かなり真面目だし。



「とりあえず、当日は私に任せてよ!」


「俺が決めなくていいのか?」


「うんっ! 寧ろ、私に決めさせて。エスコートしてあげるよ」


「お言葉に甘えて……」


「ふふっ。じゃあ、私も楽しみにしてるねッ!」



 目をキラキラと輝かせ喜ぶ奏を見ていると、こちらまで嬉しくなってくる。


 ちなみにだが、この後「嘘じゃないよね!? 本当にデート行ってくれるんだよね!?!?」と何度も聞いてくることになった。

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