閑話 元嫁破滅への序曲

 

「たぁくん。今日はね報告があるの」


「どうしたのあや? そんなにかしこまって」


「私……できたの……」


「できたって……まさか……!?」


「うん。そうなの……えへ」


 この話をするのはどうしても緊張してしまう。

 初めての経験で、彼が喜んでくれるか。

 どことなく不安だった。


 でもそんな不安をかき消すほどに、彼は満面の笑みを浮かべる。




「やったぁぁあああ〜〜っ!!」




 ガッツポーズをして、喜びを表す彼。

 無邪気なそんな姿を見ていると、こちらまで嬉しくなってくる。


 よかった。

 こんなに喜んでくれるなんて。



「ふふ、喜びすぎじゃない?」


「えぇ!? なんでそんな冷静なの? 自分達の子供なんだからもっと喜ぼうよっ!!」


「そうなんだけど……。ほら、出産となると不安で……」


「大丈夫! 僕がついてるから!! 片時も離れないで立ち会うからさっ」


「ありがとう、たぁくん」



 ああ、その笑顔に私は救われる。

 やっぱりこの選択は間違ってなかったんだ。



「報告に行かないとね。たぁくんのご両親にも」


「両親……」


「えっと、どうかしたの?」


「い、いや。ほら、両親に言うってなんだか緊張してしまうんだよ。ハハハ……」


「おかしな、たぁくん」



 ——私は幸せだ。


 たぁくんのような人に出会えて、前の生活を我慢していた自分が報われたのだろう。

 辛い思いをしていたら、いつかは幸せになれるというのだろう。


 かっこよくて、お金もある……。

 暗い未来なんて何一つ考えられない。



 これが真実の愛というのだろう。



 そのぐらい、今の私は満たされている。



 ——でも、どうしてだろう。

 幸せのはずなのに、この言いようのない胸騒ぎは……。





 もしかして、あの女のせいなの?





 この前、他の荷物を返してもらおうと前の家に行こうとした。私は接近出来ないから、たぁくんにお願いする形にして、近くまで私が一緒に行ったの。


 そこであの女に出会った。



「有賀綾さん……。今は成川綾さんでしたね」


「誰?」



 私に話しかけてきたのは、若くて綺麗な女性。

 顔立ちは若いけど、凛とした佇まいは見た目より落ち着いて見えた。


 そして、私よりも断然綺麗……。

 不覚だけど、嫉妬してしまうほどに。


 そこで私はハッとした。


 もしかして……この女に『たぁくんが盗られるのではないか?』と、そんな予感がしたのだ。

 私は横目でチラッとたぁくんを見る。


 すると、彼は彼女に見惚れてるというよりは顔を引きつらせていて……心なしか青ざめて見えた。


 このタイミングで私に話しかけるのは、弁護士とかだと思うけど……どうして、たぁくんまで?

 やっぱり、離婚に関して不安だったのかな?



「たぁくん……?」


「……うん? あ、ああ、ごめん。目の前の人の眼力が凄くて萎縮しちゃったよ」


「そうなの? 大丈夫??」


「大丈夫大丈夫。それよりも、あっちの関係者なんだよね? 用事済ませて来たらどうかな?」


「うん……こんなところに弁護士が来るなんてね。ちょっと行ってくる……」


「あや、頑張って」


「うん!」



 私が近くと、その女は学生のスクール鞄のような物を地面に置いた。

 そしてそれを指さして、にこりと笑みを浮かべる。



「……これは、あなたの荷物です。受け取ったら二度と現れないで下さい。これで、何もなくなった筈ですので」


「わかってるわよ」



 鞄を拾い、中身を確認する。

 中には、私がもとめていた前夫から貰ったプレゼントが入っていた。


 ……馬鹿ね。

 本当に優しさしか取り柄がなくて、見栄っ張り……あーやだやだ。

 っていうか、もう少し執着して来なさいよ!


 これじゃ私にもう興味がないみたいじゃない。

 あいつのことだから、まだうじうじとしてそうなのに、何で急にこんな…………あ、なるほど。そういうことね。



「あなたってもしかして。慎太郎の新しい恋人〜?」


「……はい?」


「いいっていいって〜! わかってるからッ! だからあんなにアッサリしてたのね〜。自分も浮気で楽しんで、メソメソするフリ。ほんと情け無いわ」


「…………」



 さっきまで澄ましていた女性の顔が歪む。

 ぷぅー! その反応は図星だったということねっ!!


 こんな綺麗な人がいたら、気持ちが揺らいで浮気しちゃうわよね〜。

 だから、私を黙認してたし、金銭も要求しなかったんだわ。

 自分にも後ろめたいことがあったから。


 私は、ついに真相にたどり着いた。

 それはあまりにも滑稽で、笑いしか出てこない。


 ここが外ではなかったら、腹を抱えて転げ回ってたかもしれない。



「ハハハ! あいつも私と同じ。同じ穴のムジナってことね〜。まったく、面白いったら——」


「黙ってよッッ!!」


「「え……」」



 さっきまでの態度が崩れ、荒々しい言葉使いになる。

 その変わりように私とたぁくんは唖然としてしまった。



「結婚していたのに何も知らないんだ……。こんな人に……っ!!」



 苦虫を噛み潰したような顔をして、それからふぅと息を吐く。

「はぁぁぁ……怒るのも馬鹿馬鹿しいね」と言って、私達に背を向けた。




「言っとくけど、自宅近くをうろつくのも禁止だから。あなたも幸せならもういいでしょ。私達は放っておいて、お互いに新しい人生を頑張ろ。でも……次はない。私は甘くないから、二度目は壊させない。壊そうとするなら徹底的にやるから……わかる?」


「「…………」」


「じゃあ私は行くから……。成川さん、そして早乙女さん」



 不敵に笑い、去っていった女性。

 私とたぁくんは、そいつの背中が見えなくなるまで黙って、動けなかった。


 なんなのよ、あいつ……!

 若い見た目なのに、まるで一回りも二回りも上の人を相手にするような空気があった。





 あー、思い出しただけでイライラするわ……。



 はぁ。

 きっと、その人の影がちらつくから、気分が重いのね。


 あれ?

 でも……前に連絡してきた弁護士の人って。

 男性の人じゃなかった??


 …………あーやだやだ!

 考えるのやーめよ。




 早く、たぁくん帰ってこないかなぁ~。

 上手く行ったかなぁ〜。



 その日の未明。

 私は彼の家に呼ばれ、伺うことになった。


 ふふっ。

 結婚の挨拶は緊張するね。



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