第16話 引っ越しと元嫁の私物

 


「夜中にやるのは、なかなかしんどいよなぁ……」


「文句言う暇があったらどんどんやっちゃうよ〜っ! 早くやらないと進むもの進まないからねッ!!」



 俺の横を忙しなく動く彼女。

 手慣れた様子でお皿を梱包材で包んでゆく。


 ……ほんと、基本的に高スペックだよなぁ。

 と、感心しながら俺も棚から荷物を下ろす。


 そう俺は現在、引っ越しに向けた準備をしていた。



『引っ越しとかどう?』と先日の飲み会があって数日後、奏に言われたことである。

 なんでもその物件は、すぐの入居者を探していて即入居の即契約だったら割り引いてくれるとのことだった。


 今の部屋よりも広く駐車場つきで、住んでいる場所からは職場を挟んで反対方向。

 坂なども少なく前よりも行きやすい場所となっている。


 この家には、若干の愛着はあるが……同時に嫌な思い出も多い。

 だから、俺は誘われるがままに引っ越すことにしたのだ。


 ……こんな好条件。

 断る筈もないよなぁ。


 ネックな点があるとすれば、急なことで家賃が多くかかってしまうことだろう。

 本当だったら遅らせるか、と判断するところだが……。


 気持ちが引っ越しに傾いている今となっては痛くもない。

 寧ろ、今まで金がかかり過ぎていたのだから今更である。



 後、引っ越しで辛いことと言えば——



「ねぇ、有賀っち〜。これどうしよっか?」


「はぁぁ、まだ残ってたのか……」



 こうやって元嫁の私物が出てくることである。

 きっと、出て行く時に忘れたのだろう。


 大雑把な部分もあったからね……。

 俺はゴミ箱を指差して、「ダストボックス行きで」と言った。


 素っ気ない俺の対応が可笑しかったのか、くすりと笑いそれから俺の頰を突いてくる。



「りょ〜って言いたいけど……ダメでしょー?」


「……やっぱ、渡さなきゃダメかぁー。置いていったんだから、不要なものってことでよくない? 連絡もなければ取りにも来ないしさ。思い入れも何もないんだよ」


「連絡が欲しいの?」


「それはいらない。けど、なんとなく悲しくなっちゃうんだよ。消費した自分の時間を考えればやるせなくて……。例えば、このアクセサリーひとつにしても……」


「それ、なかなか可愛いかも。有賀っち、選ぶセンスがあるじゃん!」


「はは……褒めてくれてありがと」



 俺はそのアクセサリーを箱にしまい、見つかった元嫁の私物をまとめている区画に置いた。


 色々調べて、恥ずかしいけど店の人に相談して、あのアクセサリーも買ったんだよな……。

 あの時は喜んでくれたことが嬉しく思えたけど、すぐに使われなくなっていた事実に気づかなかったなんて……あー、情け無い。


 俺はため息をついた。



「とりあえずさ、有賀っち。元奥さんの私物は、私に預けてよっ! 今後の憂いがないように届けるから」


「いいのか?? 俺としては会いたくないから、そうしてくれると有り難いんだが……」


「もちっ! そういうやりとりも弁護士が仲介してくれるよ。だから有賀っちは気にする必要はなし!!」


「じゃあお言葉に甘えようか……な。いつも悪い、奏」



「えへへ〜、任せてよッ!」



 主張が激しい胸を張り、ニカッと笑う。

 俺はその笑みに返すように微笑んだ。



「それにしても、俺ってこんなに買ったんだなぁ……。そりゃあ営業成績の特別報酬とかがなくなるわけだわ……。恋は盲目というけどさ」


「“貢ぐくん”だね、完璧に」


「酷い言い草……まぁその通りなんだけど。あの時は物をあげる、つまりはプレゼントをすることが愛情表現の一種だと思ってたからさ。言葉で伝えて、プレゼントで間違いないってわけじゃないんだな……むずっ」


「うーん。有賀っちの行動は、別に間違いじゃないんじゃない?」


「……そうか?」



 俺は怪訝な顔をして首を傾げた。

 浮気され、離婚となったのにどこが間違いじゃないって、嘘だろ……。



「私は結婚したこともないし、付き合ったこともないけどぉ。そう思うよ〜」


「付き合ったことないの……?」


「なぁに、悪い?」


「悪くないけど、意外だなぁって」


「意外……?」



 地雷を踏み抜いたのだろう。

 俺の言葉にぷるぷると震えだし、それから頰を膨らませて詰め寄ってきた。



「もうっ! 確かに大学では『男100人切りを達成してる』とか噂されてるけどさッ!! そんなに軽い女じゃないんだから〜〜〜っ!!」


「わ、悪い……。ってか、そこまでは思ってないから」


「いいよ別に! こんなラフでゆる〜い格好してるから、そう見られてるってわかってるし!」



 不貞腐れたように口を尖らせた。

 そして、俺の胸に手を当ててから上目遣いでこう言う。



「でも、有賀っちはちゃんと本当の私を知っててよね」


「ああ、それは勿論」



 俺が言葉を返すと、口元が緩み背中を向ける。

 それから、うーんと伸びをした。



「……だったら、この話は終了! おーしまいっ!!」


「切り替え早いな」


「とにかく! 以心伝心で好意や愛情って伝わり難いと思うから、有賀っちは間違ってないよ〜! 何もしないで、恥ずかしがって伝えない男より圧倒的にマシ!!」


「お、おう……そう言われると照れるな」


「だから必要なのは、元奥さんが向けられた愛情に対して『甘えるだけではなくてアクションを起こしたか』だよッ! 私だけ私だけっていう一方的な要求は、ダメだからね。双方向の感情の行き来が重要なの!」


「なるほど……」



 熱く語る奏に俺はこくこくと頷く。

 向ける側も向けられる側も、何かしらの努力と歩み寄りが必要ってことか。

 つまりは、独りよがりではダメ……。


 はぁ。

 大学生に諭される社会人って……ため息しか出ない。



「だから、これからも伝わるように、雪解けを目指すようにバンバン行動してゆくよ!」


「え?」


「ううん気にしないで! こっちの勝手な宣言だからッ!!」



 暗い気持ちを吹き飛ばすような、明るい笑顔。

 そんな笑顔に心が洗われる……そんな気持ちがした。

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