第17話 大掃除

 


「有賀っち〜、こんな可愛い女子大生が来てるのにー。流石に、これは汚すぎじゃない?」



 ほぼ恒例となりつつある我が家での宅飲み。

 それに来ていた奏が、飲み物を片手にそう言ってきた。

 指をさした方向には、段ボールの山が積まれている。



「まぁ……ちょっとだけ、散らかってるよねー」



 俺の返答に「はぁぁ」とため息をつき、それから鋭い視線を向けてきた。



「『まぁ』で済まないレベルじゃないこれッ!! 段ボールの山は嫌でも目にくし、控えめに言って“ゴミ屋敷”だよね!?」


「流れるように毒を吐いてきたなぁ……。確かに事実ではあるけど、仕方ないんだよ。


「仕方なくないって、掃除はするべきだよ有賀っち! 経ったよ!!」



 女子大生に嗜められる社会人……うん、なんとも悲しい。

 でも、言い訳をさせてもらうと、掃除はしたくなかったわけではない。


 単純に手が回らなかっただけだ。


 塾という職業は一日の仕事は夜中までになりやすい。

 その分、出勤時間は昼からなのだが、最近はやることが多く朝から出ていることが多いのだ。

 だから、家にいる時間より必然的に職場で滞在する時間の方が遅くなってしまう。


 その関係で、片付けや諸々の時間がとれていないわけである。


 まぁ、ただこれは言い訳で、彼女が言っていることはぐぅの音が出ないほどの正論なんだけど……。



「この中でお酒を飲む私の身にもなってよね〜」


「でも、ほら。物に囲まれると落ち着くとかあるだろ? ほら、実家にあるような安心感的な」


「屁理屈こねている暇が有れば、早めにどうにかした方がいいんじゃないのー? 有賀っちは掃除が苦手な方じゃないじゃん」


「ははは……だよなぁ。一応、それはわかってるんだけど……」



 嫁がいた時は、『家事はしっかりやらないと!』みたいな意識があったから、掃除を怠ることがなかった。

 でも、いなくなってからはどうしても後回しにしてしまう自分がいて、それがしばらく続き、このような惨状になっている。


『後でまとめてやろう!』っていうのが癖になってきてるし……ほんと、猫の手でも借りたい状況だよ。


 俺が嘆息し、奏を見ると俺の目を真っ直ぐ見据えていて、気まずくて目を逸らすとくすっと笑う音がした。



「じゃあ今から掃除を始めようか! 夜中だからうるさくならないように注意しないとねー」


「え……手伝ってくれるのか?」


「引っ越しもお手伝いしたからねっ。元よりそのつもりだよ〜。後は、ちょっとイラッとすることもあったからストレス解消に力仕事って感じ!」


「奏がそういうのを表に出すのは珍しいな。学校で揉め事でもあった?」


「あー、そんな感じ……かな?」


「なんで疑問系なんだよ」



 俺の言葉に彼女は「ははは……」と曖昧な笑みを浮かべ、答えることなく荷物を数え始める。

 それから奏は、何故か鞄から使い捨てのマスクと軍手を取り出し、それを装着した。



「じゃあ、やるぞ〜っ!! そのために準備してきたからね!」


「いやいや! なんでもかんでもやってもらうわけにはいかないからさ。普通に俺がやるから大丈夫だよ」


「やるって。見てよ、このやる気」


「別にいいって、休んでおけよ」


「はぁ、この惨状で満足に休めるわけないでしょ! いいからお言葉に甘えて。有賀っちのいけない所は、『手が回らなくなりそうでも、自分で無理矢理どうにかしちゃう』とこだよ?」


「解決するなら、よくなーー」


「よくない! 使えるものは使わないとっ! 自分の命を削るみたいな体力勝負はダメだよ〜っ!! ゲームでもそうだけど『命大事に』が社会人の基本なんだからっ。だから無茶は禁止……いい??」


「わ、わかったよ。理解した」



 その剣幕に押されて、俺はそんな返事をする。

 しかし、それでは奏が納得してはくれなかったようだ。


 “『あの塾長は人使いが荒い!』みたいな噂が出たら最悪だ”みたいた考えが頭に過り、そんな自分の思考を見透かしたような目で俺を見てくる。


 じーっと俺を見つめ、怪しむような視線を向け続けている。



「有賀っちが納得しないなら、私にも考えがあるけど」


「……考え?」


「掃除できずに、こんなことで駄々をこねるのなら……。『あの塾はゴミ屋敷の中で飲みを強要してくる』と広めることにするから……。私、顔広いよー?」


「いやいや、それは横暴な——」


「……いいのかな?」


「掃除手伝ってください! お願いします!!」



 やべぇ、目がマジじゃないか……。

 思わず了承してしまったよ。


 いつかはやらないといけないことだし……って割り切るしかないんだが、はぁ。


 俺がため息をつき肩を落とす。

 その様子を見て、奏は意地悪でどことなく妖艶さが感じられる笑みを浮かべた。



「じゃあ、やろっか」


「……こんな無理矢理な説得ありかよ」


「ふふっ。有賀っちの自己犠牲精神は、私がいる限りは無理だからねっ!」



 こうして、俺と奏による引っ越し後の大掃除が始まった。

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