第11話 『青春って?』→『疲れてますね。メガ◯ャキを飲みましょう』


 月一で行われる全体会議。

 俺は、今日そこに来ていた。


 これは各教室の塾長が集まり、意見を交換する場である。

 っていうのは建前で、会社が愛社精神を叩き込むための謂わば教育みたいなもので、精神論的な話が多い。

 後は……。


『この教室の売上がいいぞ!!』

『お前の教室は何やってるんだ!』

『どうしてできないの? 黙ってたらわからないよ?』

『やれますよね? まだ本気じゃないよね?』


 みたいな、ご高説が聞けるある意味貴重な場だ……。


 ま、こんな場所だからこの業界はブラックと呼ばれるものが多く、半分以上の同期は半年でやめてしまう。

 さっきの発言もパワハラととられることだろうが、人間追い詰められると“自分が悪い”と塞ぎ込んで泣き寝入りすることが多い。

 たまに出た反乱分子は、内々でお金を貰ってやめていく。



 きっと歩合制がなければ、俺はここで働いていなかったかもしれない。

 まぁ、今となっては“嫁との今後の生活のために貯金を頑張る”というモチベーションがないので、お金目当てで働く意味はない。



 仲間うちの楽しさ。

 生徒を途中で放り出したくない責任感。


 そう言ったものを考えてしまい、結局は辞められない。

 だから、会社の人の“情”で縛るやり方は、と言える。


 けど、そんなしがらみがあってお陰で救われている部分もあるので全部が全部ダメとは言えないかもしれないなぁ。



「有賀さん、顔色が良くなりましたね」



 そんなことを考えて、ぼーっとしていると後輩が話しかけてきた。


 彼女の名前は佐原里香さはらりか

 前に、俺の教室で研修をしていた後輩で、今は自分の教室を運営している塾長である。

 背は低く、黒髪を肩のあたりで短く揃え、いかにも真面目って雰囲気が伝わってくる女性だ。



「そうかな? 確かに最近は寝れるようになったからかも」


「それは良かったですね。有賀さん、いつも死にそうな顔してましたし」


「そんなにか……?」


「ええ。目が死んでて、今にも倒れそうな雰囲気でしたよ」



 そんなに前はやばかったのかよ……。

 だから、保護者から缶コーヒーや栄養ドリンクの差し入れが多かったのか。


 いやいや、自分では気が付かないもんだな。



「佐原さんに突拍子のないことを聞いていい?」


「なんでしょうか?」


「青春ってなんだと思う?」


「…………」



 彼女は無言になり、カバンから何本かドリンク剤を取り出し目の前に並べてゆく。



「……やはり、疲れてますね。メガ◯ャキでも飲んで目を覚ましてください。何があったかは存じ上げませんが、気を落とさず頑張ってください。私にできることは協力しますから」


「いやいや、反応が大袈裟だって。その前に、なんでそんなに何本も持ってるんだ?」


「備えあれば憂いなし。必要なことですよ」


「これをいつも飲んでるなら、逆に心配になってきたよ」


「飲まなきゃ、やっていけない時があります」


「酒と同じ感覚で言うな」



 俺がため息をつくと、今度は眠◯打破を差し出してくる。

『目を覚ましてください』と言いたげな彼女の行動に、再びため息が出た。


 この後輩は本当にマイペースなんだよな。

 それにちょっぴり変わってるし……。



「そうだ有賀さん。さっきの“青春が”って話は生徒から聞かれたんですか?」


「まぁね。だから答えようとは思うんだけど……。ほら、青春と聞くとさ漠然としていてイメージが全くつかないだろ?」


「そうですね……。深く考えたことはありませんが、私からしたら、それはもう“過去に置いてきたモノ”というイメージがあります。社会人になると今更手遅れと言いますか……」


「だよなぁ~。今は青春ってことすら、考えもしなくなったよね。昔だったら修学旅行とか、明確に表しやすいものがあったけどさ」



 まだ20代だけど、そう考えると歳をとったと感じるなぁ。


 学生の時は修学旅行で海に行って、砂浜でジャンプする瞬間を写真に収める。

 そんなことをしていた時は、『青春しているな〜』って感じだったけど。


 今それをやるかって言われれば……正直、微妙だ。


 そう考えると、青春ってわからないなぁ。

 今からでも出来るけど、やらないことって多いだろうし。


 俺が考え込んでいると、佐原さんが疑うような目を向けながら小声で訊ねてきた。



「……有賀さんまさかと思いますが、教え子に手を出してませんよね?」


「だしてねぇよ、人聞きの悪いな」


「ちなみに大学生と言っても、19歳もアウトですよ」


「はぁ……なんでさっきから疑うんだよ」


「だって有賀さんってモテますよね? 私が教室で研修受けていた時もそうでしたし。昔から手紙とか、よくもらってました


「手紙って、お世話になったことを感謝する類のものだぞ?」


「そうでしょうか? それに私が研修を受けていた頃、やたらと懐いてた子がいましたから怪しいところです。なんて名前の子でしたか? 前に教室へお邪魔した時にいた……あの綺麗な子」


「あー、雨宮さんだろ。髪が明るめの」


「ああ、その子ですね。今は大学2年ですかね? 今はどうしてるんでしょう」


「今はバイトしてるよ。ウチのエースだし」


「じゃあ……やっぱり怪しい」


「なんもないよ」



 俺が言うと、佐原さんは疑うような目をして、形の良い小さな唇を少しだけ尖らせながら「嘘はいけません」と言ってきた。



「本当に浮気はダメですからね、有賀さん。一度でも一線を越えると、見境がなくなるみたいですから」


「知ったような口振りだね」


「ここだけの話……他教室で起きたんですよ」


「マジかよ……」


「はい。なので、今日の集まりは気を引き締める意味も含めてるって話です」


「そんなこと起きるんだな」


「みたいですね……。噂によるとお互い本気みたいで、揉めてるらしいですよ」


「げぇ……」



「泥沼化してそう」と思いつつも、どこかドキリとしてしまった。



「明日は我が身。何があっても法律は遵守しないとな。コンプライアンスは大事だね」


「そうですね。それを踏まえて話を戻しますが——」



 話を区切り、佐原さんは可愛らしく咳払いをした。



「“青春”についての問いですが、有賀さんが目指すのであれば、青春より大人の恋愛をすべきかと……」


「大人の恋愛ね〜」


「けれど……そうは言いましたが、結婚している有賀さんが行動を起こせばアウトですけどね」



 やれやれといった様子で肩をすくめる。

 それから俺を咎めるように見てきた。


 俺の口からは「ハハハ……」と渇いた笑いがでて、それを見た彼女の目が余計に鋭くなった。



「何かありましたね?」



 訊ねるというよりは、断定する言い方。

 普段から凛とした彼女なだけに、俺を睨む目は怖い。


 視線は俺の目を射抜くようにまっすぐ捉えていて、「隠さないでください」と言っているようだった。


 こうなったら聞かないし、しつこいんだよなぁ……この後輩は。

 俺は根負けし、ため息をつく。


 そして、何があったか端的に話すことにした。



「あー、そのことだけど。一応、会社には報告してて、どうせ風の噂で聞くことになるだろうから……言う必要もないんだけど」


「構いませんので、今教えてください」


「じゃあ話すが……落ち着いて聞けよ」


「なんですか。改まって」


「この前、離婚したんだよ」


「…………え?」



 時が止まったように固まる彼女。

 自分の頰を抓り、目をぱちくりさせる。


 そして夢ではないとわかると——



「えぇぇ〜〜〜っ!?!?」



 と、驚愕の表情を浮かべ叫んでから「どうしてですか!?」と俺の肩を揺らす。


 ちなみに大声で叫んだせいで、佐原さんは上司に怒られることになった。




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