閑話 元嫁はまだ知らない


 ——離婚してからひと月が経つ。


 私は今、まさに幸せの絶頂にいた。


 はぁ、やっとだよ。

 本当に愛する人とようやく一緒になれて……。


 今日も私は、彼の外車に乗せてもらってドライブを堪能している。

 彼は望むものを何でもくれた。


 確かに慎太郎もくれたけど……彼はそれ以上。

 全てにおいて私を優先してくれるし、どんな時も駆けつけてくれる。

 そう、喩えるなら王子様みたい。


 運転をする彼を見ると、にこりと爽やかな笑みを浮かべてくれる。

 それを見ているだけで私は浄化されるような思いだった。



「たぁくん。大好き」


「僕もだよ。綾」



 二人でそう言い合い。

 これからの未来は明るかった。


 私は結婚してからの退屈な日々に嫌気がさし、出会いを求めて街コンやマッチングアプリを利用していた。


 でも、私の心の空白を埋めてくれるような人は……中々現れなかった。

 いくら遊んでも、何を買ってもらっても、埋まらない。



 そんな中、たぁくんと出会ったのは2年前。

 当時、私より3歳歳下の20歳だった彼と出会ったの。

 やや童顔で甘え上手な彼に惹かれ、日々の退屈は癒されていった。


 そして、ようやく結ばれたのが先日……。

 結婚の約束をしたの!


 はぁ、やっと夢が叶った。




 それなのに——。



 私は昨日あった電話を思い出す。

 それは、弁護士からの電話だったのだ。


 それも……テレビで見たことのある敏腕と名高い人物から……。

 どうやら、慎太郎の代理人とのこと。

 ご丁寧に本人の署名つきの契約書もあるんだとか。


 私はわからなかった。


 ――どこにそんな金があったの?

 ――まさか捨て身??


 そんなことが脳裏に過ぎる。


 そして弁護士は、


『離婚に関することでお話しがあります』


 そう電話で言ってきたのだ。


 ドキリとして、心臓が激しく脈打つのを感じた。


 心当たりはある。

 元旦那は頭は良かった。

 だからこそ、私が気づいてないだけで何か証拠を突きつけてくる。

 ……そう思ったのだ。


 浮気がバレた?

 離婚届の勝手な提出?

 それともお金の使い込み??


 一体どれが……。


 思い出すだけで苛立ちが押さえられない。


 なんで私の邪魔をするの!?

 今から幸せになろうとしているのに!!


 私の恋を邪魔しないでよっ!!



 でも——私は密かに期待していた。

 私に心底惚れ込んでいた旦那のことだ。


 そもそも慰謝料請求なんてしてこないかもしれないって。



 そして、それは案の定だった。




『今後、有賀慎太郎との一切の交流を断つこと。有賀慎太郎とは一年以上、夫婦の営みがなかったことを認めること』




 これが弁護士が提示してきた要求だった。

 これを守れば、財産分与はなし、不貞による慰謝料の請求、その他の法的処置は一切行わない。

 ただ、破ればこの限りではない。


 そう言うことだった。



 ……まさか。

 まさかまさかまさか!!


 ここまで甘くて馬鹿な男だったなんて!

 財産なんて、ほとんど私へのプレゼントだったから、すでに持っていっているわよ!!


 私はおかしくておかしくて、お腹が痛くなった。


 でも仕方ない。

 何とかしたくても、きっと浮気の証拠なんて出てこなかったのだろう。


 けど、念には念を……。

 万が一のこともあるから、訴えられないようにしないといけない。

 この提案は渡りに船だった。


 たった二つのこと。

 私の利しかない!


 だから私は後日、届いた書類にサインをした。


 私は会う気なんて一生ありませんよー!


 うん、これで解決!

 全てが上手くいった。



「これで後腐れない。新しく宿ったお腹の子をたぁくんに報告しないと……ふふ。喜んでくれるかな〜?」



 ああ、私の未来は薔薇色だ。




 でも、この時の私は知らなかった。

 そのサインが私に唯一残った退路を失うものだったなんて……。


 この時は、考えもしてなかった。

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