第9話 もう一度、青春をしようよ!
「ごちそうさま」
「は~い。おそまつさまでしたぁ~」
遅い朝食を食べ終えた俺は食器を運び、仕事に行く支度を始める。
昨晩の料理もそうだったが、奏は料理の腕も確からしい。
味は勿論のことで、手際も見事だった。
朝の食事がこんなにも楽しいなんて……嬉しい気持ち反面、寂しさを感じていた。
それにしても昨日からなんだか至れり尽くせりだし。
今日は学校だったと思うけど、この時間まで俺の家って……。
申し訳に気持ちでいっぱいだった。
「奏は今日、一限からだったよな……付き合わせてしまってすまん」
「あー、それね。私が好きでやってることだから気にしないでよ。それに学校は大丈夫じゃないかな、ほら大学生って『自主休講』が使えるし」
「いいのかよ、それで。親とかこのことを知ったら怒らないか……? 謝りに行くけど……」
「いいよ。ママもそこらへんは理解があるし」
理解があるか……。
確かにあの母親ならそうかもな。
奏とは正反対でおっとりとした年齢を感じさせない女性。
感情的になることはなく、常に冷静で的確な……非常に好感がもてる母親だった。
しかもめっちゃ美人……。
子持ちって言われなければ気づかないレベルだよな。
俺がそんなことを考えていると、奏が腰を抓ってきた。
「痛っ!?」
「……ママのことは好きになっちゃダメだから」
「ならねぇよ!」
「ふーん……」
不機嫌そうに鼻を鳴らす。
食器を洗う音が若干大きくなったような気がした。
「そうだ有賀っちー。私、ひと通り片付けたら家に戻るね。大学の課題だけは出しにいかないと」
「わかった。俺は普通にこの後、仕事に行くよ。それにしても大学生かぁ~。懐かしいな……」
パソコンでのレポートが禁止だったから、全部手書きだったのが懐かしく思える。
まだ、四年しか経っていないのに記憶が随分と昔のことのようだ。
社会人になると精神をすり減らしてしまうから、時の感覚も一段と早いからな。
4年なんて、ほんとあっという間だ。
俺が窓の外をぼーっと眺めていると、皿を洗い終えた奏がやってきて、俺の横に腰を下ろしてきた。
ピタリとくっつくようにして、相変わらず距離が近い。
「そういえば、有賀っちはどんな大学生だったの?」
「どんなって、抽象的で答え辛いなぁ~。敢えて答えるなら、特徴もなくて普通だったってところだな」
「う~ん。ほら、大学生って高校生の次の“第二次青春”って感じでしょ。高校生の時よりも解き放たれた感じがして、行動範囲も広がって、かけるお金も段違いじゃん」
「言われてみれば……金はやたらと使ったな。貯金しなきゃと思いつつも減ってゆくし……」
「でしょ! だから、大学生の時は何にお金を使ったのかとか、どんなことに熱中してたのかなぁ~って」
「はぁぁぁぁ……」
「急にため息!?!? そんな聞いちゃダメな奴だった……?」
目を丸くして一人であたふたしている彼女を見ていると、自然と笑いが込み上げてくる。
でも、過去を思い出してしまうとそういった愉快な気持ちは直ぐに引っ込んでいった。
「大学4年間……そして、社会人になって4年……。全てをささげたようなもんだからなぁ」
「あー……なるほど。ごめん……地雷を踏みぬいちゃったね」
「いいんだよ。青春って夢があるように見えるけど、ほろ苦いとも言うじゃん? 俺はその枠組みに入っただけ……」
大学は人生の夏休み。
だからこそ『色んなことをしたい!』って思ったけど、出来ず仕舞いだった。
やりたいことはいくらでもあった。
友人達とのオールや、夜通しのカラオケ……、沖縄旅行とかもしたかったなぁ。
今更感はあるけど……。
タイムマシンがこの世に存在するなら、もう一度やり直したいわ……。
俺はため息をつき、頭を掻く。
「あ~。こんなことになるんだったら、もっと遊んでおけば良かったな~っ!!」
「傷を抉るようで悪いけど、友達とかと遊んでなかったの?」
「全くだよ……。友人とどこか出かけようとするとさ、『私をおいて自分だけ楽しむの?』とか、飲み会に行こうとすると鬼電がかかってきたりとか……。他にしたことと言ったら、彼女とのデートを楽しむためにバイトばかりだったよ。同棲もしてたけど、自分の意にそぐわない行動すると機嫌をそこねて拗ねるし……。あー……ある意味、懐かしー」
「ねぇ、有賀っち……」
「うん?」
「もしかして馬鹿なの?」
「ごもっともで…………俺も話してて、悲しくなったわ」
今考えると、生活破綻を起こす男性の典型的なパターンになっていた。
地雷女にハマり、一生抜け出せない男みたいな……。
奏も同じ考えに至ったのか、ため息混じりに似たようなことを口にしてきた。
「話を聞く限りだと、どう考えても地雷女の気配しかないんだけど……。恋は盲目って言うけど、流石に気づきなよ」
「うっ、耳が痛い……。だけどな、その時はそういう態度をされることが『必要とされてる!』とか『俺がいないとダメなんだ!』とか……そう思えちゃったんだよ」
「それで、ずるずると結婚して約8年共にして……浮気されたってことね」
「はぁぁ……その通りだよ。マジで馬鹿だよな~。自分の行動に……ため息しかでないわ」
俺は肩を落とし、項垂れた。
つい先日までの自分は、一体なんだったのかって思えてしまう。
そんな俺を慰めるように、奏は背中を優しく撫でてくれた。
「でも、有賀っちには悪いけど。別れてよかったと思うよ? そんな長年尽くしてくれた相手を簡単に捨てる女なわけだし、今後一緒にいても苦労するし、精神状態も危なかったと思う」
「……精神状態?」
「例えばだけど、DVを受ける女性が別れることが出来ないのと一緒だよ。『全て自分が悪い』とか『優しい時もある』とか、気持ちが破綻しているんだよね。よくよく考えてみるとさ、『嫌なこと10で良いことが1しかないような生活』になっているのにさ」
「あー。……それはめっちゃ心当たりあるわ」
「しかも、有賀っちって基本的に誰にも相談しないじゃん? 溜め込むタイプだし、だから余計に解決しないし負のスパイラルに飲み込まれちゃうんだよ」
「じゃあ……この結果は見ようによっては悪くなかったってことか……」
「少なくとも私はそう思うね。今はそう簡単に割り切れないと思うけど……でも、徐々に変わってくるんじゃないかな?」
「そっか……。我慢し過ぎたんだな、俺」
「我慢は美徳とは言うけど、なんとなく美徳の“徳”って“毒”にも聞こえるでしょ? つまりは“美毒”ってことで、我慢をし過ぎると気持ちを抑える自分に酔っちゃうんだろうねぇ……」
俺以上に俺のことを理解している奏に驚きを通り越して、感心してしまう。
始めてみた時から精神的にも大きく成長した姿が嬉しく思えた。
「奏……お前、本当に大学2年? 実は、鯖を読んでるとか……?」
「なんでそうなるのよっ!?!?」
「いやだって、俺よりも考えが大人だし……達観してない?」
「これも有賀っちの教育の成果だよっ!」
「何でも俺の成果にすんなよ……」
そんな人格者養成なんて俺の領分じゃないし、そんなことが出来ていれば自分がこんなことに陥ってはいなかっただろう。
今の奏がもし、俺の友達で同い年だったら……今みたいに言ってくれたかもしれない。
大学時代の青春を元嫁に捧げようとしていたことに苦言を呈して、人生は違ったかもしれない。
ま、タラればを言っても仕方ないか……。
俺は嘆息し、天井を見上げて手を伸ばした。
「カムバッ~ク、俺の青春……」
後悔したところでもう遅い。
飲み会を断り続けて、どことなく疎遠になった友人達……。
全てが“元”がつくまでになった交友関係。
それが悲しくなってくる。
人生の勉強代と言えば、聞こえはいいかもしれないけど。
高い代償を支払った勉強だよな。
けど——過ぎたことはそう思うしかない……。
「じゃあもう一度、青春しようよ」
そんな言葉が耳に届いた気がした。
俺が驚いて、奏を見ると俺の前にスーッと立ち、それから真剣な眼差しを向けてきた。
「え……?」
「全部やろ……。たくさん遊んだり、やりたかったや行きたかったこと、出来なった色々なことを全部。そして、青春を謳歌しちゃおうよッ!」
「いやいや流石に遅くないか? 20代後半なわけだし、今更……青春って」
「全く遅くないって!!」
目を覚まさせるような大きな声に、俺の体が強張る。
だけど同時に、体中に血が一気に通ったみたいに温かくなった気がした。
「青春の位置づけは自分で決めるものだからね。だから私が有賀っちと一緒に——思い出を作ってあげる」
そう言って彼女は手を差し伸べてきた。
眩しいほどに魅力的な笑顔で……。
……勝てないな、彼女には。
俺は無意識の内に手を伸ばしていた。
その手を彼女は握り、俺を引っ張り立たせる。
俺の肩までしかない彼女の体が、頼もしく、大きく見えた。
「よろしくな、奏」
「もちっ! 任せてよッ!!」
――これが俺の人生の分岐点。
どん底から、輝かしい人生へと舵をきった。
そんな記念すべき日に……俺は思えた。
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