第6話 趣味が合う人と飲むお酒は楽しい
——久しぶりに楽しいな。
宅飲みを始めて2時間ほど経ち、俺はそう感じていた。
飲み始めると、人は饒舌になってくる。
それは俺もそうで、奏が入学した時の話や失敗談、苦労した話で大いに盛り上がっていた。
彼女自身も今だから言えることがあって、当時わからなかったことが腑に落ちたりと、有意義な時間である。
今だから話せる裏話とか、アルバイトには話しづらい内容も話せてしまうのは、彼女が聞き上手だからなのかもしれない。
奏は、どんな話も相槌を打ったら楽しそうに聞いてくれて、今時にある『興味ないんで、私はその話はパス』とスマホの世界に入るなんてことはない。
俺に合わせて反応してくれたり、言葉を返してきたりなど……俺の心を随分と軽くしてくれていた。
いつもテンション高く、『自分が自分が!』って感じにしか思えなかったけど……改めて知らないことばかりだなぁ。
それか、今まで見えてなかったかもしれないが……。
「有賀っちが新人の時は可愛かったなぁ〜」
「可愛いって男には禁句な言葉だからな……。そっちは借りてきた猫のように大人しかっただろ?」
「そうだった? でも、ほら初対面って緊張するし警戒するじゃん」
「あ、確かに。毛をサガ立てて“フーッ”って威嚇する猫みたいだったかも」
「あはは! 何それ〜。私、そんなんじゃなかったって」
「いやいや〜。マジでそんな感じだったって『構わないでください!』的なオーラ全開だったからな」
「え〜……。あ、でも言われてみればそうだったかな?」
「だろ〜?」
照れた様子で頭を掻く彼女を見ていると、当時の苦労を思い出す。
何やっても無駄だってという諦め癖があって、めんどくさがりで……でも、実は頑張って取り組んでいて——そんな生徒だった。
すっごく勉強を見るの苦労したんだけど、最終的には志望校に受かったし、今では立派に成長している。
だからこの職業は好きなんだよ。
そういった人の成長を間近で見られるから……。
そんな風に昔を懐かしんでいると、奏は頰を突いてきてにへらと笑ってきた。
俺は奏の頭を「よしよし」と撫でてあげると、お酒の影響もあってかじゃれついてくる。
からみ酒やすぐ寝ちゃうことは無さそうだけど、ずっと彼女を見てきた先生という立場からは、ちょっと不安になってしまう。
……これだと勘違いする奴が出るかもなぁ。
俺は天を仰ぎ、ふぅと息を吐く。
「あ! これちょっと前のゲームじゃん。懐かしい~っ!!」
肩にかかる温かい重みがなくなったかと思うと、彼女の元気な声が耳に届いてきた。
「うん? ゲームとかやるのか??」
「やるよー。結構ガチにハマっちゃうんだよね。あ、意外だと思った?」
「まぁ、正直……」
「ハハハ、よく言われる~」
「けど、よくよく思い返してみると授業中に挟むアニメネタや漫画ネタ、ゲームネタに反応してたよな。合わせるの上手いなって思ってたけど……そういうことか」
「って気づけし! 私、そういう話がしたくて振ってるのにめっちゃスルーするんだもんっ」
「いや、JKって未知の生き物だろ? 下手なこと言って悪評が広まったらってあの頃は考えてたんだよ」
「まぁ……私も、この話をして引かれたらどうしようとか思ってたから……似たようなもんかも。そう考えると、ははっ! マジウケるねっ!」
二人のすれ違いがおかしいのか、机をバンバンと叩く。
「人に趣味を話すって意外と言いづらいよな。スポーツだったら簡単に言えるのに、“アニメ”や“ゲーム”っていう二次元系ってだけで言うのが憚れるつう文化? まぁ雰囲気っていうのが苦手だ」
「それ、めっちゃわかる。私、未だに大学の友達に言えてないわ〜。周りのみんな、クラブで『うぇーい!』ってタイプだし」
「オタクの友達でも作れば?」
「私の見た目で寄ってくると思う?」
「からかわれるって思われるのが関の山だな……」
「でしよー」
ため息をつき、二人してお酒をぐいっと飲む。
元嫁もゲームとかやらなかったなぁ。
やろうとしたら、すごく引いた目で見てきたっけ。
『ゲームなんて子供がやるものでしょ?』って言ってきたよな……。
あの時は悲しかったなぁ〜。
俺は更にお酒をあおり机にソファーの背に寄りかかった。
「そういうので前に嫌なことあってさぁ。私のイメージって『いつもクラブで踊ってそう』なんだって。ま、そう見られてもしょうがないんだけど。だからと言って、ちょっと話したら『え、ゲームとかやるの……?』みたいになんか引かれるのって違うと思わない!?」
「俺はゲーム好きだからいいと思うぞ。人の価値観なんてそれぞれだし、お互いに趣味も尊重しないとな」
「やっぱり!? 有賀っちもそう思うよねっ!!」
「お、おう」
「好きなものは好きなんだから、それを認めてくれないとやってけないわー。だから、そんな人と一緒にいないとって思うんだよね」
おい、何でそこで俺を見る。
俺が奏を見ずに酒に視線を移していると、俺の前にやってきた奏が座り込んだ。
「ねー、有賀っち」
俺の位置からだと、奏の見えてはいけないものが見えかけている。
だが、胸元を見てしまったのを勘付かれたら面倒なことになりそうだ。
俺は咳払いをして「なに?」と言葉を返した。
なるべく動揺しないように、そう考えて……。
「んじゃ、やろっか」
だかそんな俺の平常心を阻害するように……。
奏は俺の膝に手を置き、上目遣いでそんなことを言ってきたのだ。
やや赤みを帯びた頰は、まるで何かを欲しているようである。
結婚してからだいぶご無沙汰になっていたせいだろう。
彼女がとったその態度には、考えてはいけないことがどうしても脳裏を過ってしまう。
「はぁぁ!?!?」
だから、流石に動揺してしまい声が大きくなってしまう。
「有賀っちは最近やってないでしょ? 私、中々上手だよ?? だから……ねっ、いいでしょ?」
「お前は何を……言って……あ」
妖艶に見える彼女の態度。
でも俺は気づいてしまい、激しくなっていた胸の高鳴りが引いていくのを感じた。
「…………」
「あれ〜? どうしたの有賀っち?? 黙っちゃって〜。ほらほら〜早く〜」
「なぁ……。前にも言ったよな、俺……」
「へ?」
「この言葉っ足らず! 奏はいつも説明不足だから、勘違いを助長させるんだよっ!!」
「ほおひっぱりゃないで〜(頰を引っ張らないで〜)」
ぷにぷにと病みつきになりそうな頰を引っ張り回す。
……こいつのこの態度のせいで何度誤解を与えたことか。
空気が凍りついた三者面談は、今でも忘れられないトラウマである。
離してあげると、若干涙目で不服そうに俺を見てきた。
「有賀っちの鬼畜……」
「ったく、お前はいつも心臓に悪いんだから」
「アハハ、褒めないでよ〜」
「褒めてねぇよ!!」
俺は嘆息し、やれやれと肩をすくめてみせた。
それから、コントローラーを奏の分もとり膝の上に置く。
少しだけきょとんとしてから、満面の笑みに変わった。
「もう、いいから。やるかゲーム……」
「うん! 私、強いから泣いても知らないからねッ」
「それはこっちの台詞だ」
妻は理解してくれなかった趣味。
俺はそれを久しぶりに堪能したのだった。
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