第2話 嬉しいハプニング

 それから1年後、中学三年生の受験生になってからの出来事だった。


 俺は自慢じゃないが、学業にも向上心というものが一切かった。


 その関係か自分より親が心配して、特に成績の悪かった英語の塾に入れられることになった。正直、グローバル社会がうんぬん言われてもピンと来なかった。


 俺はやる気もないし、めんどくさいから、後ろの席に座り毎日寝ておこうと思っていた。


 俺は不謹慎ふきんしんなことを考えながら、塾に入る。


「よっ原君」

「えっ? 富長君?」


 驚いたことに学校のクラスメートがいたのだ。彼はクラスでも秀才で有名だったし、小学校でも同じ将棋クラブに入ってたこともあり、俺との仲も良かった。


 やべー寝れなくなったな……。


 その直後、衝撃的なことが起きたのだ。


「あれ? 原?」


 北側の席から絶対に忘れられない声が聞こえてきた。


 俺は卓球のラリーのスマッシュを撃ち返すがごとく素早く前を向く。


「っ!?」


 なんと、驚いたことに三島さんも塾にいたのだ。


 くそ、もう完全に寝れなくなってしまった……。


「今日、初めて?」

「えっ? うん……」


 俺はどぎまぎしながら答える。


「そうなんだ。ここの塾の先生、教えるのがすっごく上手でね……」


 彼女は澄んだ声で親切にそんなことまで教えてくれた。


 正直英語なんかどうでも良かったし、彼女と話せたこと、彼女の声が聞けたことが何よりも嬉しかった。


 この時心臓がとても高鳴っていたのを今でも覚えている。


 最初は初めての塾で緊張しているのかと俺は勘違いしていたけども。


 そんなこんなで塾の授業が始まる。


 彼女の言う通り、先生の教え方が丁寧で上手だった。しかし、そんなことよりも斜め前に座っている彼女が気になって仕方なかった。三島さんを見ると真剣にノートにメモを取っている。


 ああ、ここでも彼女の態度は変わらないんだなと俺は改めて思った。


 俺もその姿を見て、なんか知らんがやる気が出てきた。


   ♢


 俺の塾に入る前の英語のテストの点数は百点満点中、四十点。

 そう、やる気がそのまま反映されていた。


 俺は生まれて初めて自分で勉強をすることを覚えた。

 ただ、彼女に負けたくないし、笑われたくないから。


 そして俺は、ヒヤリング方や要点に付箋や赤線をつけてチェックするという高等技術を身に着けたのだ。


 ……当時の自分にとってはだけど。


 方向のベクトルさえ間違っていなければ、努力は必ず結果になって現れる。

 俺は初めて百点というテストの数字を取ることが出来たのだ。


 両親は豆腐とうふの角で頭でも打ったのか? と茶化しながら喜んでくれた。


 うん、今までのやる気のなさと結果からいくとそんな感想になるわな。

 正直俺も両親に喜んでもらえて嬉しかった。


 しかし、何よりも一番嬉しかったのは、三島さんの感想の言葉だった。


「えっうそー? 私九十六点だったのに……原っ、すごーい!」


 正直点数や勝ち負けより、彼女に認められたのが何よりも嬉しかったのだ。


 あの時の驚いた顔と俺に向けた優しい笑顔は今でも忘れられない。


 彼女の笑顔は何にも勝る俺へのご褒美ほうびだったのだ。

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