再接近

 鈴木くんからラインメッセージが届いた。

 民俗学のレポートの評価がA評価だった旨の感謝の言葉と共に送られてきたのは、いわゆるデートのお誘い。

 どうしよう、と美咲はメッセージを読み返す。

『先輩のおかげでレポートA評価取れました! お礼にご飯奢りたいんですけど来週どこか空いてる日ありますか?』

 別に、私のおかげではないと思うし、ご飯も奢ってもらわなくて結構なのだけど。

(会いたい、な)

 鈴木くんと会って話したい気持ちがあるのを無視出来なかった。

 あれから一ヶ月くらい経つけれど、ラインでのやり取りは細々と続いていた。

 それは講義の内容だったり、大学の近くの美味しいランチだったり、話題の本だったり。

 そんな会話をしていると、だんだんと彼の人柄が見えてくる。

 鈴木靖睦という青年は、知りたがりだと自分で言っていただけあり、様々なことに興味を抱く性質らしい。

 少し淡々とした長文になりがちな美咲の言葉にも、意図を汲んだ返事をしてくれる。

 美咲は息を吐いて、返事をたぷたぷと打ち込んだ。 

『水曜日のお昼なら空いています』

 確か彼も水曜日は3コマ目が空いていた筈だ。

 猫の了解スタンプと一緒に『じゃあ正門前で!』と返信がスグに来た。

 ……彼は猫が好きらしい。

 同じく猫好きな美咲は、なんとなく嬉しい気持ちになった。







「先輩! ……どうしたんですか?」


 久しぶりに会うその人は、難しい顔をしてスマホを睨みつけていた。


「あ、鈴木くん。なんでもないです。その……」

「もしかして、都合悪かったですか?」


 何か急な連絡でも、と心配して鈴木が言うと、美咲は首を横に振った。


「ううん。大丈夫。お店はもう決まっているの?」

「人気のあるとこなので予約しておきました。アレルギーとか無いですよね?」

「ありがとう。食物アレルギーは特に無いから大丈夫です」

「良かった」


 鈴木はほっとしたように笑みを浮かべた。

 先輩は和食が好きみたいだから、彩り小鉢が女子に人気の定食屋を予約しておいたのだ。


「案内しますね」

「よろしくお願いします」


 鈴木が先行して歩き出すと、斜め一歩後ろを美咲がついて歩く。

 鈴木はあらためて(この人はしとやかな人だなぁ)と思った。

 なんというか、穏やかで、落ち着いている。一緒にいると時間の流れをゆっくりに感じるような気がする。

 趣味が読書な文系女子は友人に何人かいるけれど、その子たちとはまた違う感じがした。

(きっと先輩は、育ちが良いんだろうな)

 服装は無印やユニクロが多くてあまりファッションに興味はなさそうではあるけれど、逆にそれがらしいというか。

 化粧も華美ではなく最低限で――そう、シンプルな美しさがある。

 鈴木の周りにはあまりいないタイプの人間だった。


「あ、ここです」

「素敵なお店ですね」


 ほどなくして到着したのは、古くからありそうな木造の店だった。軒には毛筆で書かれた『とおん』という木の看板がぶら下がっている。


「すいませーん。予約してた鈴木です」


 暖簾をくぐり、店員に声をかけるとすぐに店の奥の個室に通された。

 特にこだわりはなかったので、おすすめの日替わり定食を注文する。

 オープン後間もない時間に来たからかあまり待たずにお膳が運ばれてきた。

 炊きたての白米に、味噌汁。主菜は生姜焼きに、ひじきの煮物とミニサラダと卵焼き。デザートにわらび餅も付いていた。


「美味しそう。いただきます」

「いただきます」


 両手を合わせて食前の挨拶をして、食べ始める。

 甘辛い生姜焼きにふっくらとしてほんのり甘い白米はよく合った。

 鈴木は咀嚼しながら先輩の様子を伺った。

 綺麗な所作で美味しそうに卵焼きを口に運んでいる。

 良かったな、と思った。

 どの店にするか三時間は悩んだのだ。その苦労が報われた気がした。


「美味しいですね」

「はい。予約して良かったです」


 だんだんと店内のざわめきが大きくなってきた。

 人気の店だから、お昼時に狙ってやってくる学生や社会人が多いのだろう。

 ゆっくりと食事をしながら会話をする。


「先輩は普段、料理とかするんですか?」

「お弁当は作りますよ。余り物ばかりですけど」

「すごい。俺は学食ばかりです」

「安いですもんね。学食」

「いつもだと飽きますけどね」

「鈴木くんは?」

「料理ですか? んー、カレーぐらいなら」

「カレーを作れるなら大したものですよ」

「いや、どうなんですかね……」


 心のメモ帳に『先輩は料理が出来る』と書き込む。

 いつか食べてみたいなと思った。

 ……。

 だめだ。

 いつかだなんて言ってたら、一生食べれる気がしない。

 言わなきゃ。

 今日。

 付き合ってくださいって。


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした。やっぱり悪いから、自分で出しますね、お会計」

「いえっ、誘ったの俺からなので!」

「でも、」

「俺が払いたいんです」

「……このあと、お茶に行きましょう。そこは私にもたせてくださいね」


 美咲はいたずらっぽく微笑んだ。

 鈴木は「はい」と頬を赤く染めた。

 勝てる気がしなかった。

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皿と血と 吉平たまお @tamat636

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